グラフィックアーティスト/アートディレクターの伊波英里氏によって制作された、VR落語「まんじゅうこわい/Scary buns」。360°広がるVR空間をあえて一方向に進ませることで、グラフィックと一緒に物語を読み進ませる反セオリー的な作品だ。
自分の色を表現するにはどうするべきか? 他のクリエイターと差別化を測るための考え方や葛藤が、本作品の面白味を増している。
本インタビューでは、伊波氏の「まんじゅうこわい/Scary buns」のコンセプトと制作過程をお伺いした。
2003年創形美術学校ビジュアルデザイン科卒業後、ニューヨーク滞在を経て、2010年よりグラフィックアーティスト/アートディレクターとしての活動を開始。グラフィックデザインに軸足を置きつつ、映像やプロダクト、空間演出、テキスタイルなど、表現媒体を問わず多岐に渡り活躍中。近年の主な仕事に、伊勢丹新宿店ウィンドウディスプレイ、PARCO広告、NEWoMan広告などがある。
見せ方もとんちを効かせたVR制作
—最初にVRの話を聞いた時どう思いましたか?
伊波氏:単純に面白そうで、嬉しかったですね。VRは体験したことがあるくらいで実際に作ったことはなかったのですが、昔からゲームの影響を受けていたので、気持ち的には抵抗はなかったです。ただ、3Dでさえ作ったことがなかったので、まさか自分がVRを作る機会が来るとは思いませんでした。
—STYLYに初めて触れた時、どう感じましたか?
伊波氏:2017年末のNEWVIEWクリエイターを招待したミートアップイベントで、STYLYを体験する機会があったのですが、その時は全然思うように使えませんでしたね。参加しているクリエイターが、好きな方ばかりだったので、最初はすごくプレッシャーを感じてしまいました。
特に難しいと感じたのは、2Dだったら最初に作成サイズを決めてから作るのですが、VRにはその “枠” がない点です。
また、視点を変えるとオブジェクトのズレがあったりと、2Dとは違う3次元空間の見え方を意識しながら作らなければいけなかったので、実際にVRで体験するレベルまでに持っていくのに時間がかかってしまいました。
最初は操作に慣れず、どんな事が表現できるのか、どんな空間構成にするのかなど、諸々のコンセプトを決めるのにかなり苦労しました。
—コンセプトはどのような手順で決めていったのでしょうか?
伊波氏:まず、1番は他のクリエイターの皆さんと作品の方向性で被りたくなったんですよね。だから、自分なりの色を出しながら、人と被らない作品を作るにはどういう切り口がいいのか?という点からまずは考え始めました。
Google Polyにある3Dモデルなども使ってみましたが、どうしても “やってみた感” が拭えず、どこかツールに遊ばれてる気がして、挫折してしまいました。3Dモデルの共有サイトにあるようなデータを使ってVR空間を作っても、既にVR作品を作った事のある人には敵わない気がして、自分が得意とするグラフィックを活かしたVR空間を作る事に”原点回帰”しようと思い立ったんです。
でも、私は3Dが作れないし、3Dクリエイターに頼むには時間が足りない。2Dのグラフィックをどう正当化するか考えていた時、昔遊んでいたゲーム「パラッパラッパー」はキャラクターが”立体ではなく平面”だった事が逆にいい違和感を生んでいたなと思い出したんです。
たまたまNEWVIEW AWARDS 2018の審査員がその「パラッパラッパー」を手掛けられた、憧れの編集者の伊藤ガビンさんでとても嬉しかったです。(笑)
また、もう一つあまり見たことがない要素を加えたいなと思い、”読む”というアクションを思い付きました。
NEWVIEWは世界各国でイベントをする予定と聞いていたので、日本らしさも取り入れられたらと思い、題材にもともと好きだった古典落語「まんじゅうこわい」を選びました。
無限を有限にして差別化
—本作品「まんじゅうこわい/Scary buns」をどのような手順で制作されましたか?
伊波氏:まず原作を要約したストーリーを考え、登場人物はキャラクター化しました。そこからストーリーに沿って思い描くシーンをグラフィックに起こす流れで準備していったのですが、進めるにつれ、360°見渡せる空間でどうやってストーリーを伝えるか、という問題にぶつかりました。
そこでVR最大の魅力である3次元空間の中で、あえて直線の道を配置し、その道を一方向に読み進めさせるという方法をとりました。
紙芝居を読み進めるかのように、レイヤー化されたグラフィックを見ながら道を進んでいくと、おのずとストーリーを理解できる、そんな空間を目指して制作しました。
空間で使ったグラフィックやセリフのレイヤーは70枚ほど作りました。実は矢印が表示されている道は動画も混在しています。動画を敷くことで、アクセントを付けられたかなと思います。
—どのくらいの期間を制作に当てましたか?
伊波氏:トライアンドエラーを含めて1ヵ月くらいですね。最初の2週間は試行錯誤の連続でした。でも、方向性が決まってからは早かったです。先にグラフィックを作って、VR空間に差し込んで、あとは実際にVR空間を見ながら視認性を微調整するという感じですね。
この作品はストーリーの終わりがVR空間の終わりになっています。つまりゴールが決まっているので、完成の判断が楽でしたね。
多方向を一方向に、無限を有限にするなど全てを逆に制作しているので、それが新鮮に見えたらいいなという策略もありました。
作ることは大喜利
—VR作品を作ってみて、どうでしたか?
伊波氏:制作は大変でしたが、同じお題で他の方の作品も観れた事がとても面白かったです。作ることは大喜利だなと常々思っているので、いろんな答えが見れて楽しかったです。
とんちとオリジナリティから他者との差別化を図ったり、無限を有限に限定したりと、枠にとらわれない逆算の発想で新たなVR表現を切り拓いてくれた伊波氏。次のVRでは、どんな回答を見せてくれるのでしょうか?