3DCG x VRで総経費27%削減 アパレル業界のロス問題解消を目指すパタンナー大橋めぐみ氏インタビュー

現在のファッション業界は、制作プロセスで多くの手間やコストがかかっている。旧来までの制作スタイルに加え、ファッションを取り巻く時代の変化も重なり、その作業工程はさらに煩雑になっていっている。

ではファッション業界がスムーズな仕事を実現するために、何ができるだろうか?そこでApparel Play Officeの大橋めぐみ氏は、アパレルの制作プロセスに3DCGとVRを導入する「アパレル3Ⅾモデリング」を提唱している。

これはアパレルパタンナーが行う3Ⅾ事業であり、うまく導入できればアパレルの制作コストを大きく削減できる見通しを立てている。実際のところ、どんな風に3DCGやVRがアパレル制作に生かされるのだろうか?今回は大橋氏に詳しいお話をうかがった。

【プロフィール】

大橋めぐみ

2001年3月 エスモードジャポン卒業。 2001年4月 新卒で株式会社フランドル入社。 「ef-de」「YVON」「CLEAR IMPRESSION」などのパターン業務に従事。 2005年11月 BIGIグループ株式会社P/Xに転職。 海外ライセンスブランド「et vous」「ev by et vous」のパターン業務に従事。 2009年8月 繊維商社田村駒株式会社に転職。 担当したブランドは、20ブランド程。

アパレル制作の問題を解決するための3Ⅾモデル利用

―パタンナーをやりながら、3Dモデリングも行うのはとても珍しい経歴に思います。キッカケは何かあったのでしょうか。

大橋:2016年頃、イノベーション系のフェスが開催され始めた辺りから3DCG・VRは面白そうだと感じていました。2017年に株式会社Sapeetさんという、3Dでアパレルの着装をやっている会社の記事を見て、お客さまの試着体験をモニター上で出来るのがすごく面白いと思いました。

ただ、Sapeetさんがその当時やっていたのがスポーツのユニフォーム系で、いわゆる布帛(タテ糸とヨコ糸を交差させて織られた織生地)はやっていませんでした。「なんでかな?」と考えた時に、布帛のパターンを着装でやるのは知識が必要なんですね。もしかしたら、その技術者がいないのかな、と思い、パタンナーが3D業界に行ったら、役に立てるのではないかと考えたのもあります。

その後、3Dモデリングを行うのに何のソフトウェアを使っているのか調べて、使うようになったソフトが、ファッションのスケッチを3ⅮでシミュレーションできるCLO3D(※)です。

※CLO3D:2Ⅾで書いた服飾の型紙が、3Ⅾで書き起こされるシステムを持つファッション用の3Ⅾツール。パターンを組み上げたとき、実際にどんな仕上がりになるかを確認しやすいだけでなく、3Ⅾモデルも流用できるなどの利点がある。

このソフトを日本のCAD会社であるユカアンドアルファ社が代理店として最近扱うようになったのを見かけ、直接、お話を伺ったりしました。

 

―実際にCLO3Dを利用してみて、いかがでしたか。

大橋:私はテクノロジー系が得意な方ではないのですが、使い方をインストラクターから教えていただけた事もあり、利用方法に関して特に困る事はありませんでした。3Dアーティストの中にもCLO3Dを使っている方もいるようで、衣装を作る他の3Dソフトと比べ、比較的使いやすいと言われていますね。

 

―もともとテクノロジー関係にはどれくらい触れていたのでしょうか。

大橋:アパレル関係者はテクノロジー関係が苦手だと言われています。私もCADなどのソフトを使うために勉強しなければいけなかったのですが、元々それほど詳しいわけではありません。

今回、事業を立ち上げるにあたってVRやCLO3Dなども含め、ファッションテックと呼ばれている分野を扱うにはこれらテクノロジーの勉強をしないと事業にならないので、学校に通いながら勉強してきました。

 

―実際にCLO3Dを使用することで、アパレル制作を行う際、どのような利点があるのでしょうか?

大橋:私は10年ほどアパレル商社で、ブランド側に提案するサンプルのパターン業務を行ってきました。例えば1つの量産枠に対して、10着の服を提案する事もあります。

しかし、枠は1つしかないので採用された1着以外のサンプルは使われないことがよくあります。ブランド側とある程度の打ち合わせが出来ている場合でも、半分以上は量産されず、パタンナーの行ってきた仕事も無駄になってしまう事もあります。

サンプルとして提案する服も、デザイン画の状態では、具体的なイメージがつきにくく、実際に作って見せなければ、アパレルブランド側も判断しにくいです。立体的なサンプルと、予想している生地、それらを制作して見せなければ、最終的にどんな服になるのかイメージが湧きません。

しかし、そのために服のサンプルを大量に作ると、今度は採用されなかったサンプルが大量に出て、無駄になってしまいます。

 

―提案が拒否される苦しさだけではなく、サンプルを作った労力もあるから大変ですね……

大橋:そうなんですよ……商社のデザイナーも選ばれるかわからないデザインを考えますし、パタンナーも無駄になる可能性のある作業をすることになります。そこまでの人件費も、商社側にかかっています。

今、中国でサンプルを作っているのですが、サンプル制作する際に出る素材のロスだけでなく、10日から2週間かけてサンプルが上がってくるため、時間的なロスもあります。

さらにこの納期問題に拍車をかけているのが縫製の工場の現状があります。今多くは中国で作られているのですが、10年前は中国の中心部で制作されていたのが、人件費の高騰で、少し離れた田舎にある工場に依頼するようになりました。

しかし、そこも厳しくなりASEANやバングラデシュの工場へと移りつつあります。徐々に単価の安い遠い国で制作するようになると、その分期間がかかるようになります。

こうなると、例えば企画段階から納品までを3か月で作るのが理想的な期間ですが、アパレルブランド側は売れるものが判断しにくく企画段階をなるべく売り月に近づけて消費動向を探ってからにしたいという要望がありますから2ヶ月前からにしたい。でもバングラデシュやインドの工場に発注してしまうと、4か月は期間が必要になります。

この問題を解消するのに3Dモデルを活用すると、顧客ニーズに合わせて何とか3ヵ月で対応することできます。アパレル業界で今後発生するであろう問題も含めて、解決することができると考えています。

まずは、この初めの段階で、3Dモデルを活用し提案の段階で少し絞った型数にしていただき、実際のリアルサンプルに移行すると、様々なロスを抑えられると考えています。

 

―実際に3Ⅾモデルを利用した手応えはどうでしょうか。

大橋:今は主に営業の段階ですが、2社ほど契約をいただき実際に3Dモデリングを行っています。3Ⅾモデルを活用してファッションを作っていきたいという企業様からの問い合わせも複数あります。

 

ファッションがテクノロジーと複合することで生まれる、新しい形

―大橋さんはCLO3Dで制作した3Dモデルを使って、STYLYでVRコンテンツを制作していますよね。こちらはどんなプロセスで作られていますか。

大橋:まずCLOで作ったモデルをUnityに一度入れ、色の調節などをして、STYLYに上げています。ただUnityを経由すると、生地感などがブレてくるため、本当はCLOから直接STYLYに上げることができれば一番良いんですけどね。

 

―VR空間を生かしたファッションの展示やショーに可能性があると思われます。その点はいかがでしょうか。

大橋:今回制作したVR展示、本当はショーみたいにアバターを歩かせたかったのですが、3Ⅾモデルを動かすのにかなりのコマ数が必要なうえ、トップス、ボトムス、アウターを含めたコーディネートデータがものすごく重くなりました。

ですので、今回ウォーキングは諦めて、動画のはめ込みにしました。

今回はコレクションの展示会という見せ方でしたが、今後はショーとして、モデルがウォーキングしていくVRを作りたいので、Psychic VR Labさんとご相談しながら進めていけたらと思っています。

 

―今後、VR空間ならではのファッションショーとして、VRクリエイターとコラボレーションするというのも個人的に期待しています。

大橋:TFLの授業の中で、様々なVR作品を見ていて、Vtuberさんがテレフォンショッピングみたいに商品や洋服を宣伝するのも面白いという話にもなりました。VtuberさんがVRファッションショーで洋服をアピールする、というのもやってみたいと思っています。

今、Vtuber自身がその場で服を着替えていくのは難しいようですが、着替えなくてもいいので、シンプルに商品の説明をやってもらえたら嬉しいですね。時々、毒舌も吐いてもらったりして(笑)。

 

―毒舌!いいんですか、それは(笑)。

大橋:あとやりたいのは、VRのショッピングモールを作りたいです。様々な部屋にいろいろなスポーツメーカーの商品があったり、体験型のエンターテインメントがあったり。

 

―なるほど、バラエティのある空間も面白いですね。

大橋:そうするとお客様にも飽きずにいろいろ見てもらえるのではないかと。VRは女性が興味を示しづらい分野なので、様々な角度からアプローチすることで幅広い層の取り込みにつながるのではないかと考えています。

 

アパレル制作で様々なロスが発生する背景

―3Ⅾモデルをアパレル制作のプロセスに導入することで、様々なロスをどれくらい削減できるのでしょうか。

大橋:3Ⅾモデルを利用して、小売価格を下げるのは時間がかかると思います。ですが、サンプルを作成するコストや時間の短縮は可能です。

ただ、まず作る側の問題として、アパレルブランドの内部もそうですし、アパレル商社などのOEM・ODM部門は(他社ブランドの製品を製造する部門、企業のこと)、昔とは違う問題がいろいろと出てきています。

 

―たとえばどんな問題でしょうか。

大橋:さかのぼってお話すると、私が新人としてアパレル企業に入ったころは、いわゆる就職氷河期のど真ん中だったんです。デザイナーやパタンナーの採用人数が3、4年上の先輩のころと比べて、半分くらいしかありませんでした。

それでもまだマシなほうで、私が商社に転職して1年くらいたった後、ファストファッションが日本に上陸しました。それが広がったことで、アパレルブランドや企業がズタズタになってしまいました……。

私はその時期よりたまたま早く商社に入り、仕事をもらう側になったので良かったのですが、業績が悪化したアパレルブランドでは新人の採用ができなくなりました。それどころか、解雇せざるを得ない状況まで追い込まれていました。

様々なブランドが企画部門を縮小していく中、内部でデザイナーやパタンナーを抱える必要はないと判断され、徐々に外注へ移行していきました。

その為、知識や技術の継承も出来なくなり、物作りができる人材をブランド側が育てる環境では無くなってきてしまいました。

 

―えっ、アパレルブランドがデザイナーを切って、成立するものなのですか?

大橋:皆さんそう思いますよね。

アパレルブランドがデザイナーやパタンナーを抱えない。だからデザインを買い付けるようになります。周りには企画立案する企業もあれば、ODM・OEMの企業もあるため、外部にデザインを依頼すればいい、という考えがファストファッションの出現により広まりました。いまではデザイナーが一人もいないブランドもあります。

 

―それでいまの、OEMやODMが提案した膨大なサンプルを、アパレルブランドさんが選ぶ制作になるんですね……

大橋:そうですね。ファストファッションと同列で競争するため、ブランド側も商品価格を下げ始め価格競争が始まりました。そこでアパレルブランドは、人件費を抑えるため外部発注が増え、外からデザインを買い付けることで、ある問題が生まれます。

商社にいる我々からすると、アパレルブランド側に提案するとき、どうしてもファッションの系統が被ってしまって、似たようなものを提案する場合もあります。結果、ショップに同じような商品しか並ばなくなり、アパレルブランドのブランド色がどんどん消えていきました。

価格もどんどん下がっていくし、デザインも外部発注で、ショップには同じような服しか並ばない。お客様からすれば「どうせ同じような服なら、安いものでいい」となりますし、負のスパイラルがずっと続いている状況でした。

 

―そして、ここまでに語っていただいたアパレルの製造工程になっていったんですね

大橋:そうですね。単価は下がっていくにもかかわらず、前年の売り上げは取らなければいけないアパレルブランドの事情もあります。商品の値段が下がった分、枚数を増やして、売り上げを出さないといけない。でも実際に商品を作らないと、売れるかどうか分からない。今の時代って売れるものを発見するのが非常に難しい状況なんです。一応、雑誌などでも今年の流行を予想しているんですが、その予想も細分化していて本当に難しいです。

昔だったら「今年はこの流行が来る!」って系統がありました。わかりやすい筋があったんです。安室奈美恵さんのファッションを追う、アムラーとか(笑)。

 

―昔は芸能人がファッションのインフルエンサーでしたね。

大橋:そうですね。実際、今は芸能人よりも一般のおしゃれな子のInstagramファッションのほうが見られており、売れるものがバラけてしまっているのが現状です。

そうすると作る側も 「これは売れる」という自信のあるものを置けず、「どうにか売ろう」と細かくなってしまいます。

 

―昔は「みんなに向けた」商品展開や広告展開があったといいますが、今は一人一人の嗜好に合わせて展開をしていく時代、とも言われていますね。

大橋:昔だとアパレルブランド側が流行をけん引していましたが、今では完全に消費者のほうが引っぱっていく形になっています。そうした状況もあって、なかなか商品の単価を上げられず、安いものを作って売っていく時代でした。

そこから時間が経ち、消費者が安いものに飽きてきたので、カスタム系のスーツなども出てきています。カスタム系が出てきたことは、単価は少し上がってもいいから、ちゃんと自分に似合うか、合っているかということにシフトし始めてきているのかな、と思っています。

 

テクノロジーを導入することで、ライフワークバランスはどう変わるか

― 3Ⅾ利用によってデザイナーやパタンナーも復権できるのでしょうか?

大橋:パタンナーから言うと、最近はアパレルブランドの労働条件も、昔よりは様々な条件を想定してくれるところも増えました。 私がまだ新人の頃は、パタンナーの人って本当に結婚しないんですよ(笑)。ある程度、自立して生活できるだけのお給料はいただけるのもありますし、仕事がすごく好きというのも大きいです。

だけど、結婚してお子さんができるとやめてしまいます。

 

―やはり家庭との両立は難しいのでしょうか。

大橋:そうですね。最近は時短勤務可の企業も増えてきましたが、パタンナーは毎日毎日が締め切りで仕事量も多いです。「今日中にこれを上げなきゃならない、明日はあれを上げなきゃならない」という毎日です。

なので、お子さんがいる場合、仕事を途中で切り上げて保育園へ迎えに行ったり、お子さんの体調が悪いから仕事を休む……というのが難しく両立しにくい環境です。

 

―なるほど……3Ⅾモデルなどを導入することでその問題を解決できるのでしょうか。

大橋:過去、私の先輩でもパタンナーをやめた方が数人います。でもアパレルのお仕事は続けたいから、検品に回るなど、違う部門で関わっている方もいます。でも、CLOのような3Dのソフトを利用することで、スキルを生かした仕事が自宅でもできるようになります。

ある程度CLO3Dの勉強をしていただく前提にはなりますが、外注パターンの仕事を自宅で行うよりかは遥かに安く済みます。パタンナーの作業には80万円から100万円ほどの機材を揃えなければいけないですし、その機材で6畳から8畳の部屋が潰れてしまいます。CLOならば、ある程度のスペックのパソコンと、ソフト契約料で済みますし、場所も取らず、自宅で作業が可能です。

 

―パタンナーの作業を行う初期費用よりかなり抑えられますね。

大橋:そうですね。パタンナーに近しい、パタンナーの技術が反映できる仕事ということで、元パタンナーの方にもかなり興味を持っていただいています。自宅でできて、ある程度時間の調節も効きますし、お子さんを育てながら仕事をしやすいです。

在宅でお仕事をしたいという方であれば、取ってきたお仕事を割り振ることもできます。やはりパタンナーはハードワークなので、体調を崩してしまって仕事が出来なくなってしまった方でも、在宅ワークが可能になります。

 

―やはりパソコンとネット環境を揃えるだけで作業できるのは大きいですね。

大橋:体を壊して、地方の実家に帰ってしまった方でも場所を選ばず仕事ができます。東京に住まなくても、いろんなお仕事をしていくことができます。様々なライフスタイルのなかでアパレルの仕事をするとき、パタンナーのスキルを生かして、業界に関わっていける業種を増やしていくことができればいいと思います。

 

―まとめになります。今回の3ⅮモデルやVRの利用を、どのようにファッションの関係者におすすめしますか?

大橋:VRもそうですし、3Dもそうですが、今はデザイナーが在宅でお仕事していることも多く、いろんな場所で仕事しているのでコミュニケーションツールにも使いやすいし、会社へ出社する必要がないため、作業の時間短縮にもなります。

また、ショップ店員向けの勉強会などにも利用できるので、わざわざ遠方から本社に出張する必要も無くなります。

デザイナーもパタンナーも他の職種も、さまざまな働き方に適応するためにこのようなテクノロジーを活用していただければ良いなと思います。