バーチャルリアリティ(VR)は美術館にいかにインストールされるか? 展示法から考えるVR作品と鑑賞者を繋げる方法

この記事では、VRを用いたアート作品がどのように展示されてきたのか事例を用いて紹介します。

アーティストの中でも、VRやARを用いた作品にて興味を持ったことのある方は多いと思います。
しかし、「VRといえばあの頭にかぶるやつ」などといった固定されたイメージがあり、展示や講評の場において発表するイメージが持てずに関心が高まらない感覚がある方もいらっしゃると思います。
日本でも話題を呼んだ大型個展を開いたピピロッティ・リストは「最高の芸術鑑賞は、知性だけでなく、身体の反応を感じながら知覚すること」という言葉を残しています。

バーチャルリアリティという概念も本来は、全身的な身体感覚をここではない場所や時間に侵入させ、現実と違った時空間をイメージさせるものであるはずです。
その証拠に初期のインターネットの夢を掲げた計算機科学者の一人で、現在のパソコンでは当たり前となったGUIの先駆けを発明したアイバン・サザランドは「究極のディスプレイとは、物体の存在や物性そのものをコントロールできる部屋になる」というヴィジョンを打ち出し、最初期のヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)を発明しVRの歴史を開きました。

しかし、2021年現在、VR作品についてよく思考し実直に制作すればするほど、現状では重さや描画能力などの限界があるHMDの扱い方や、難易度の高いソフトウェアにおいてどのようなイメージを制作できるかという点に視点が集中し、視覚優位・言語優位的な作品が生まれやすいことも実情なのではないでしょうか。

現実世界からVR空間にアクセスする鑑賞者にとっては、家を出て展示まで足を運び展示空間で作品に出会うまでの時間から作品との関係は始まっています。
鑑賞方法に制約のある現在のVRを鑑賞体験のためにどのように使用できるでしょうか。
日本や海外の展示空間作りに関するVR作品の事例を紹介し、作品における現実とバーチャルとのグラデーションの作り方について比較します。

もちろん、あなたがアートを何と捉え、どのような展示を企てるのか次第で展示そのものや鑑賞者のあり方すら変わってくると思います。
必ずしも美術館の中でのみ芸術が行われるわけではないことも含めご覧ください。
この記事では事例のそれぞれでHMDに加えて展示したものとして粗い整理ではありますが、彫刻的な物体、映像インスタレーション、演劇、地域的なプロジェクトを組み合わせたものを取り上げます。

取り上げる作品のネタバレを回避する意図も含め展示方法について中心的に取り上げるので、HMDに表示される作品内の物語そのものについては多く取り上げません。
作品の説明としては不十分になることも留意しながらご覧ください。

Jon Rafman「Trans-dimensional Serpent」

ジョン・ラフマンはカナダの芸術家で、映画制作やエッセイも発表する多作な作家です。
VR作品以前にも、SF的な世界観の作品によって現在のテクノロジーが生活にどのように影響しているか記述することを試みたり、ヴィデオアートの作品においてボールプールや肉の椅子など鑑賞者の身体を強烈な方法で巻き込む筐体を使った作品があります(Jon Rafman HP)。


彼のVR作品である「Trans-dimensional Serpent」の展示風景とスケッチを紹介いたします。

作品について以下のようなテキストがあります。

Trans-dimensional Serpent』は、複雑で魅力的な4分間のOculus Rift体験であり、奇妙な路地、暖かい砂漠、冷たい森など、幻想的な存在が多数生息する超自然的な環境に視聴者を置きます。この作品は、現代生活におけるテクノロジーの影響についてのあらゆる考察を、より具体的な物理的な体験へと拡大し、身体的な喜びの充足に取り組むと同時に、他の見方や存在の様式を推測しています。

Trans-dimensional Serpent (和訳すると超次元大うみへび)は、白い蛇の形をしたオブジェに座り体験できるVR作品です。
展示空間は黄色く塗られた床と壁により構成されていて、鑑賞者はそのヘビに座りながら作品を体験できます。
画像3枚目のスケッチを見ると、コンピューターは蛇の身体の浮き上がった部分に装着される形を想定していたようです。

鑑賞者は蛇に座る形でVRを体験する


鑑賞者が座る蛇のオブジェ


展示空間のスケッチの3DCG

(画像引用元:http://semionovdenis.com/en/2016/10/22/sketch-and-visualization-of-jon-rafmans-trans-dimensional-serpent-vr-installation/)

作品の動画は以下です*成人向け)
VR空間内では自分の座っている蛇がうごめいたり、隣に座っている鑑賞者も叫び声をあげるなど現実空間のオブジェクトとの連続性を生み出しています。
モンスターなど空想の生命のみでなく、ある都市の裏路地のような場所も映し出されることで現実と虚構の区別を曖昧に描き、シーンが転換する場面では蛇に飲み込まれることや、HMDを駆動させているシステム自体が表示されるような演出もあり、自らの尾を食べる蛇に座りながらHMDをつけてVRを見る鑑賞者の現実と虚構の構造を複層的にしています。

Jon Rafman, Transdimensional Serpent: VR (2016) from Jon Rafman on Vimeo.

ホー・ツーニェン「ヴォイスオブヴォイド-虚無の声」

ホー・ツーニェンとYCAMによって制作された「ヴォスオブヴォイド – 虚無の声」は、京都学派の学者らが交わした議論や詩をビデオアートとVRによって鑑賞できる作品です。
ホー・ツーニェンはシンガポール出身の作家でアジアや日本固有のモチーフを用いつつ、映像やインスタレーション、演劇やサウンドアートなど多量域を横断するアーティストです。

この展示において最も特徴的なポイントは、ビデオアートのディスプレイを配置した4つの部屋と、VR空間をTの字で配置しているところです。
ディスプレイやプロジェクションが配置された部屋が4つ縦に並んでおり、その4つ目の一番奥の部屋にはHMDがあります。
HMD内では立つ、座る、寝転がるという3つのVRシーンが縦の位置で切り替わります。
また、HMDを動かさないようにすることで4つ目のシーンにアクセスすることもできます。

鑑賞者は歩みを進めるにつれ、複数の映像にまたがって反響しながら会場に流れる登場人物らの語りに移入していきます。
最後にHMDの中に入ることで、よりイメージ上の世界に没入を促されます。
この効果はそこまでの空間で映像の配置が空間ごとに交錯していることや、映像内で映される3DCGがメッシュを通過しCG内部に入る際にCGの内側が映し出される演出などでより強化されています。

ビデオインスタレーション


ビデオインスタレーション2


VRインスタレーション

(画像引用元:https://artscape.jp/report/review/10169300_1735.html)

ビデオインスタレーションの様子をトレイラー化した映像は以下です。
作品内で複数の声や映像が反響し合っている様子や、CGやVRへの独特の距離感を見てとることができます。

小泉明朗「縛られたプロメテウス」

縛られたプロメテウスは、2020年メディア芸術祭大賞にも選ばれた作品です。
この作品を制作した小泉明朗は演劇やパフォーマンスの手法を映像に取り込み日本の文化にとって重要なパブリックとプライベートの問題や、政治的・身体的な一人称に関するVR作品など、多くの作品を発表しています(MEIRO KOIZUMI HP)。
こちらの作品は、作品の構造自体が作品でありその構造に気づくこと自体が鑑賞体験の肝になっているので、できるだけ事前情報なしに作品を体験したいという方はこの内容を読み飛ばす方がいいかもしれません。

主にこの作品において鑑賞者が体験することは以下の3つです。

  1. 複数の鑑賞者がMRゴーグル*を装着し現実空間の他の鑑賞者も透過して見える状況で3DCGを鑑賞する
  2. MRゴーグルが現実を透過する機能を失い、VR空間上で3DCGを鑑賞する
  3. [1]と[2]が切り替わる鑑賞者自体を、他の鑑賞者が見る

*ここでいうMRゴーグルは、現実空間を透過しながらその上にVR空間を表示できるHMDを指しています。

これらの体験により、鑑賞者は、現実空間を見えている他の鑑賞者とともにお互いの距離をとりながら空間を歩き回ることができる状況と、VR映像が現実空間に覆い被さることで現実空間や他の鑑賞者が見えなくなり歩き回れなくなる状況の2つを体験し、さらにその体験自体を鑑賞することでそれらの構造を自覚します。

その間に、ナレーションの声の語られ方や、語る内容が変わることで、鑑賞者は自分の身体を動かせる意味と動かせない意味、そしてそれらを見つめる意味を考えさせられます。
この体験は、鑑賞者がどう動くかを見せる/見合うことで場が成り立つ点で演劇的と言えるでしょう。
HMDによって操作される新しい身体性を自ら演じながら、その身体性を鑑賞し合うのです。

主に会場は鑑賞者が最初にたつ目安となる円状の模様と、壁に置かれた抽象化された山の風景以外はほぼ黒い床と壁によって構成されますが、他の鑑賞者たちが鑑賞する対象のオブジェクトになっている展示になっています。

トレイラー映像は以下です。
VR内のオブジェクトや会場自体の装飾はシンプルですが、鑑賞者同士の関係性が目に取りやすくなっているとも言えます。

Prometheus Bound (Teaser) from YCAM on Vimeo.

Marshmallow Laser Feast「In the Eyes of the Animal」

こちらの作品は、英国の森林内を森の生き物の視点で移動できるというものです。
360度映像とレーザースキャナー、CTスキャンを使って制作されたVR映像によって構成されています。
プロジェクトの主体となっているABANDON NORMAL DEVICESは、実験的なアートの概念を支持するだけでなく、その構造そのものが芸術団体やフェスティバルがどうあるべきかという既成概念を覆すことを目的としています(HPより筆者が翻訳)。

こちらの作品の筐体は、森に入ることそれ自体を視覚化したようなヘルメットになっています。
プレイエリアも森林の中で切り株に座りプレイするようになっていて、HMDの中で映し出される映像と現実世界が繋がる効果を鑑賞者に与えています。
この作品は自然保護に関わるプロジェクトの一環として、都市部に暮らす市民に自然の生命の観点を発見することでプロジェクトに巻き込むことを意図して制作されました。
市街地において行われるパフォーマンスのみならず、現実を観るのとは違う仕方を提示する方法としてVRを活用しています。
VRならではの視点として、リアルタイムレンダリング(その都度視界に入った3DCGを描画する方法)と、プリレンダリング(あらかじめシミュレーションを行い映像化したものを描画する方法)を組み合わせながら、森がそこにあることと、その森に自分以外の生き物の身体に入っていく視点の獲得の組み合わせも達成しています。

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展示(プロジェクト)の様子 1 筐体のイメージ


展示(プロジェクト)の様子 2 ツアー自体が体験にもなっている


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VRで映し出される映像は他の生命の身体感覚をシミュレーションする

 

美術館では映像を360度に展開しその中に入れるように展示された

(画像引用元:https://www.andfestival.org.uk/events/in-the-eyes-of-the-animal-marshmallow-laser-feast/

トレイラー映像は以下です。
VRコンテンツ自体のクオリティも高いのでぜひご覧ください。

今回の記事では、VRディスプレイに表示される映像の外側について展示の事例を参照してきました。
VR内で映し出される世界観を現実に染み出させながら、鑑賞者を巻き込む方法を考えてみると面白い表現が見つかるかもしれません。