フランスで毎年行われる、VR/AR/XRをテーマとした大規模フェスティバル「Laval Virtual」。今回、4月12日~16日にかけて開催された「Laval Virtual2023」 を体験したので、複数回にわたってレポートします。今回はレポートの第五弾として、Laval Virtualで行われるデジタルアート展示について取り上げています。
Recto VRsoとは?
Recto VRsoは、Laval Virtualエキシビション期間中に開催される、アートとバーチャルおよびMR(ミクスドリアリティ)の国際アートエキシビションの名前です。フランス語の「recto verso」、ページの両面という言葉をもじって付けられたこの展示は、アーティスト兼研究者であるJudith Guezによって考案されました。新しい芸術形態を引き出すために、バーチャルリアリティという媒体に疑問を抱くアーティストや研究者、学生の作品を招待することを目的としており、2018年から始まったこの取り組みは今年で6回目を迎えます。
The ART&VR Gallery
ART&VRギャラリーは、Recto VRsoの公式展示会場であり、国際的なアーティストが作品を展示しています。 ART&VRギャラリーでは、以前のRecto VRso賞を受賞した十数人の国際的なアーティストによる7つの作品が、アート、テクノロジー、科学のつながりに疑問を投げかけます。
こちらで展示されていた作品の中から2つご紹介します。
SPRING ODYSSEY – Elise Morin
中央に置かれている植物は放射能で突然変異したニコチアナ・タバクム(タバコの葉っぱ)、M_plant。
このVR体験では、原発事故のあったウクライナのチェルノブイリ地域の「赤い森」が再現され、そこでM_plantと出会います。
ヘッドセットをかぶると、周囲は真っ暗。スポットライトの光を頼りに暗い森の中を進むと、森の中央にあるM_plantに遭遇します。「葉っぱを触ってみてください」というスタッフのお声がけどおり、バーチャルのM_plantに手を近づけてみると、実際に空間に置かれているM_plantに手が触れます。バーチャルの視界と肉体的な触覚が相互作用し、より深い没入感を体験することができます。
しばらくするとM_plantはどんどんと成長を始め、大きな葉っぱを茂らせます。それも束の間、葉っぱがどんどん白色に変化し始めると周りの森林も白く変化していきます。
アーティストのElise MorinによるVR作品「SPRING ODYSSEY」での体験は、人間の体が自然には耐えられない境界を破ることを目指しています。これは、強力な目に見えない現象を中心に科学と技術を融合した新しい物理的現実への通過儀礼としてこの体験を考えることについてであり、私たちの直感の揺らぎの限界について問いかけます。
息を呑むような美しい3Dアニメーションと静かな森の対比は、この森で何が起きているのかを私たちにまざまざと見せつけます。
アーティストのElise Morinと生物学者のJacqui Shykoffの共同研究は、放射能に対する植物の反応を詳しく調べることで新しい知見やアプローチが生まれることを期待しています。彼らのプロジェクトは、アートと科学の融合を通じて、環境や生態系の変化に対する私たちの理解を深めることを目指しています。
このVR作品の舞台となっている「赤い森」は、チェルノブイリ原子力発電所から1キロメートル未満の距離に位置する、地球上で放射線レベルが最も高い場所の一つです。1996年の原発事故による大量の放射線吸収の結果、そこに生える松の針葉が赤く変化したことからその名がつきました。過敏な松の木はその後絶滅しましたが、同じ場所には放射線に耐性のあるカバの木の森が再生しています。
この赤い森に持ち込まれたのが、ニコチアナ・タバクムの芽。2018年6月、この植物は科学調査のために赤い森に持ち込まれ、5日間放射線に晒されました。そこで被爆した葉は、なんと白く漂白してしまったのです。これは高い放射線量を受けたことが原因である可能性が高いと言われています。その後、この放射線を浴びた若い芽は、フランスのオルセーの実験温室に持ち帰られ、そのまま成長して種子を生産しました。この突然変異によって生まれたのがM_plantです。このような生物学者のアプローチは、パートナーであるアーティストのElise Morinの視点からは、「詩的で、フィクション的で、物語の可能性がすぐ目の前にあった」そうです。
このVR作品は、現実と仮想の間の空間を提供することで、科学、芸術、技術、哲学を密接に結び付ける感性豊かな体験です。これは、放射線にさらされた植物、M_plant(突然変異植物)と触れ合い、踊る直感に反する体験を受け入れるように招待しています。目に見えない放射線を可視化するため、現実と仮想のM_plantをインターフェースとして使って、赤い森と一体になるように仕掛けられています。傷ついた地球でどのように共存できるのか? 高レベルの放射線の目に見えなさをどのように飼いならし、回復力を学ぶことができるのか?アートと科学の二重アプローチが、放射線、生物学、哲学の専門家と密接に協力して展開されています。
Eve 3.0 – Compagnie Voix
会場のロビーで突然始まったダンスパフォーマンス。VRヘッドセットを装着したダンサーの視界が大きなスクリーンに映し出されます。彼女たちは踊りながら私たちを誘導していきます。
ダンサーたちに誘われるままについていくと、6つのVRヘッドセットが用意された部屋にたどり着きました。観客の中から無作為に6人が中央の円陣に連れていかれ、ヘッドセットを装着します。そして、座っている横に置かれた日記を手渡されます。
「Eve 3.0」は、Compagnie Voixによるパフォーマンスで、観客を6人のキャラクターたちの感性的な旅に連れて行きます。それぞれのキャラクターが持つ、依存、不安、うつ病、執着、嫉妬、偏執症などの極端な感情や人生の断片を共有し、彼らの日記を読み取り、彼らの動きを具現化して踊ることでリアルな身体とバーチャルな身体を通じて対話を創造し、これらの意識状態の再発する原因を問い、身体の出会いが生み出す共有の促進を強調します。
これはコンテンポラリーダンスのライブパフォーマンスと仮想現実のハイブリッドパフォーマンスであり、観客はリアルな俳優と仮想の俳優たちと一緒に踊りながら6つの物語に参加します。
Compagnie Voixは、身体言語の研究を基にしたプロジェクトを開発し、振付と没入型テクノロジーを組み合わせた創造物を通じて、観客をダンス体験の中心に置くことを目指しています。彼らの作業領域には、動く身体を基にしたバーチャル体験の制作、デジタル技術デバイスに応用された現代舞踊の練習と熟練の知識、ダンスや横断的活動の教育と普及が含まれています。
The OFF – LE 40
フェスティバルの開始以来、複数の大学がLavalの象徴的な場所、例えばBains-DouchesやMusée Ecole de la Perrineなどに投資し、研究創造とデジタルアートを一般に紹介してきました。今年の会場は、Lavalの旧市街にある文化施設、LE 40。パリ8ヴァンセンヌ・サン・ドニ、ポール・ヴァレリー・モンペリエ3、レンヌ2、国立清華大学(台湾)、Université Catholique de l’Ouest – Angersからなる、複数の大学の作品が展示されます。
こちらで開催される「The OFF」プログラムでは、認められたアーティスト、学生、研究者、コレクティブを招待し、さまざまなスペースを占拠することで、分野の芸術的多様性を促進します。このダイナミックは特定のテーマを伴い、新興プロジェクトをより自由に展示し、さまざまな実践をハイブリッド化し、芸術的探求の余地を残すことができます。
こちらで展示されていた作品の中から2つご紹介します。
INCARNÉ.E – Paris 8
建物の壁や柱、天井を熱心になぞる鑑賞者。一体、何が見えているのでしょうか?
パリ8区大学の大学院生による共同作品「INCARNÉ.E」。このVR作品は実際の展示空間の構造をうまく利用しています。この実際のスペースに合わせて、バーチャル上で全く同じ構造の、しかし全く違う空間を体験することができます。
鑑賞者に見えているのは屋根裏部屋の一室。乱雑に並ぶ家具と絵画、そしてギター演奏のアニメーション。この空間を歩き回るとぶつかる壁や柱は、このLE 40のスペースに実際に存在する空間の構造とリンクしています。
この作品にはもう一つの仕掛けがあります。バーチャル体験者ではない、別の人が現実の空間に置かれているセンサーに手をかざすと、その動きに反応して音が変化します。たまたま通りがかった通行人や見物者、このもう1人は、新たにパフォーマーになり共に芸術を創造する「グランドパブリック体験」を共有します。
複数の人物が異なる場所や状況で同時に参加している「非同期体験」を共有することで、その経験は個人的でユニークなものになります。また、この作品では共同創造の原則において、芸術家とモデルの関係には公平性が重要であることが示唆されています。
MEMORY HOUSE – 趙佳禾
子供の頃に遊んだおもちゃ、旅先で買った思い出の品、人からもらったお土産。日常的なものではないけれど、ふとした時に思い出がよみがえるものたち。これらのアイテムは、人々の貴重な思い出を保持することができます。しかし、住居スペースの限界、引っ越しのためなど、長期間これらのアイテムを持ち運ぶことができない場合もあります。
台湾の国立清華大学に通う趙佳禾さんの制作したVR作品「Memory House」は、思い出をバーチャル空間に保存する方法を提供します。3Dスキャンを通じて思い出のオブジェクトが仮想空間に入り、AIによって変換された後、独自の仮想ビルが生成されます。
この作品を通して趙さんは、バーチャル技術によって、物理的な不動産への依存を減らせることを望んでいます。
思い出の品々は、3Dスキャンによってデジタル化されます。
VR上ではこれら思い出の品々が、AI技術によるアニメーションで、溶けるように混ざり合っていきます。
最終的に独自の仮想ビルが生成され、新しい記憶の形が生まれます。
アートエキシビション
Laval Virtual アートエキシビションは、VRとARの芸術的表現を紹介するとともに、芸術家やアーティストにとっての創造的な表現の場として世界中から注目を集める展示会です。今回ご紹介した作品を含め、どの作品も魅力的で考えさせられるものばかりでした。今後のLaval Virtual アートエキシビションがどのように発展していくのか楽しみです。現地では、ほとんどの作品の紹介がフランス語でしたが、翻訳アプリを使ったり、現地の方に内容を説明していただいてから作品を体験されることをおすすめします。
次の記事はLaval Virtualで大切にされている「ネットワーキング」について紹介します。お楽しみに!
Edited by SASAnishiki