VRアート黎明期だからこそできるチャレンジ。ゾートロープをモチーフにした「MAILLOTS DE BAIN」

ゾートロープをご存じだろうか?

日本語だと回転のぞき絵と表現される。等間隔に隙間が空いている円柱の内側に動きがついた連続した絵を貼り付け、円柱を回転させながら、外側の隙間を覗くと絵が動いて見えるという古くからあるいわゆる玩具だ。

テレビや映画もこの手法を用いて作られているが、VRでゾートロープを実現したアーティストが現れた。作品名は「MAILLOTS DE BAIN

ファッション/カルチャー/アート分野のVRコンテンツを募るグローバルアワード「NEWVIEW AWARDS 2018」の審査員であるデビッド・オライリー氏も本作品を、

この作品の常識に囚われない挑戦を大いに評価しました。それは今までのルールを破るものであるだけでなく、私はクリエイター自身がVRの奇妙さとそれが視聴者の空間感覚とバランス感覚に何をもたらすのかを楽しんでいる様子を感じることができました。

と、高く評価しており、今回のAWARDSではSILVER賞を受賞した。

本インタビューでは、なぜ作者であるMask du Video氏がVRでゾートロープを作るに至ったのか? ただでさえVRでは酔い問題の解決が注目されている中、視点をぐるぐると回転させようと思ったのか? その真意を伺った。

 

プロフィール

Mask du Video( @du_mask
映像作家|日本
作品名:MAILLOTS DE BAIN

東京藝術大学大学院修士課程修了。現在は映像制作に従事。本名は長谷。

 

まずはSLIVER受賞おめでとうございます!  NEWVIEWを知ったキッカケを教えてくれますか?

Mask du Video: このたびは栄誉ある賞を授けて頂き、誠にありがとうございます。また、作品を鑑賞くださいました皆様には心から感謝いたします。 NEWVIEWはSTYLY経由で知りました。仕事でVR空間を制作するにはどうすればよいのか、下調べを行なう過程でSTYLYを知り、その流れでNEWVIEWにたどり着きました。

 

応募しようと思ったのはなぜですか?

Mask du Video: STYLYがVRでの制作を始める上で非常に敷居が低いプラットフォームであったことが何よりも大きい要素です。

全く新しい領域の表現に取り組むのは、敷居が高いものです。イメージするものを制作するにはどれほどの事前知識が必要かわかりませんし、道具もどこまで揃えればいいかわかりません。

私にとってVRは全くの新領域でしたが、STYLYを触ってみたところ、手持ちの知識や道具を用いて簡単にVRで表現ができてしまう、これはイイ、何かつくってみたいと思いました。STYLYを知るとほぼ同時にNEWVIEWの募集を知りましたので、自然と応募することが目標となりました。

それで募集の際にいろいろ見てみるとNEWVIEW審査員の顔ぶれはすごいし、STYLYは国内外でワークショップを開いたり、Unityなど周辺環境のHow to を載せていたりとVRクリエイションの輪を広げようとしていたりしていたので、これは本気で作品の質を求めるコンペティションだ、ここからVRのアートカルチャーが始まるかもしれないと感じ、さらにモチベーションが高まりました。

また、賞金も魅力でした。お金が欲しい、というのももちろんありますが「グランプリ賞金は200万円のコンペ」と言えば、アートに疎い人でもものすごく気合の入ったコンペだとすぐに伝わる。もし、入選すれば作家としての価値が高まるコンペティションであるということも、NEWVIEWに応募した動機です。

Maillots de bain from STYLY on Vimeo.

 

黎明期だからこそ世界初の表現を

今回、制作された「MAILLOTS DE BAIN」はどのようなコンセプトで作られましたか? 

Mask du Video: VRを初めて体験する人にも楽しんでもらえるような作品を目指しました。

私の作品を誰に体験してもらうのかと考えた時、審査員を除けば家族・友人・知人たちの顔がまず浮かびました。しかし、私の家族・友人・知人は「MAILLOTS DE BAIN」を制作しはじめた当初ほとんど、VRを体験したことの無い人ばかりでした。

自分が初めてVRを体験した時、360度の空間のどこに視線を向ければいいのか、またどちらに向かって進んでいいのかわからず戸惑った経験があります。このような戸惑いが最初にあると、素直に作品を鑑賞してもらうことは難しい。家族・友人・知人たちにはこのような戸惑いを与えないよう、VRに慣れていない人を鑑賞者として想定した表現を行うことがコンセプトの根本にあります。

そのため「MAILLOTS DE BAIN」の体験を前半と後半に分けた時、前半はスタート位置からどちらを向いても基本的には同じような鑑賞体験ができますし、どの方向に移動しても視覚の変化を楽しめる、VRの経験が無くても楽しめる表現になっています。そして、後半は前半でVRの体験に慣れたことを踏まえ、鑑賞者を驚かせるような、戸惑わせるような体験を組み込みました。後半の演出はVRに慣れた人でも心が動くような仕掛けをすることで、VR経験を問わず楽しめる作品になっていると思います。

ビジュアル的なコンセプトは言わずもがな「ゾートロープ」です。VRとアートを取り巻く状況について黎明期と表現される文章をちらほら拝見しますが、私としてもその自覚があります。そこで黎明期にふさわしいビジュアルは何かと考えた時に、映画史からそのヒントをもらうことにしました。VRも映画と同じく映像を利用したメディアですので、歴史的に倣ってみるのが面白いと思ったのです。映画の黎明期に生まれたゾートロープをVRに用いることで、最古の映像表現誕生と最新表現の登場を重ね合わせたというわけです。それに、動画の基本原理を一目で理解できる装置の一つということもあり、ゾートロープをキービジュアルに選びました。

ビジュアルといえば本作では今回美少女が目立ちますが、これは世界が成り立っている様子のうち、今回の作品テーマ「バックエンドとフロントエンド」をデフォルメして表現するときに一番しっくりきたものを「フロントエンド」にセットしたためです。

そのほか、誰もやっていなさそうなことを表現に織り込もうと意識的に行いました。せっかくの黎明期です。誰も取り組んだことのない表現だらけです。思いついて形にできればそれは世界初であることを主張できる面白さもあります。

しかし、何も考えず表現するのは黎明期の無駄遣いです。VRならではの表現を行おうとあれこれ考えました。ゾートロープはこのコンセプトにもしっくりきました。現実世界ではモデルや人形を使ったゾートロープを内側から鑑賞することは構造的な問題でほぼ無理です。しかし、VRであれば回転構造にモーターやモデルを支えるための棒もいりませんから簡単に内側から鑑賞してもらうことができる。それに質量の問題がないので、回転させるモデルの大きさも自由です。それならと身長がガンダムふたつ分の美少女を配置してみたのが本作品です。

ゾートロープを内側から鑑賞する演出は、VRならではの誰もやっていない表現をしよう!とのコンセプトを具体化した結果です。

その他、本作品の浮遊感の演出や並列のエンドロールもVRならではの表現をしてみたくて具体化したものです。

 

— なるほど。続いて、本作品の制作手順と制作期間をお教えください。 

Mask du Video: 2018年6月下旬にSTYLYのワークショップを受講しましたので、手を動かし始めたのはそこからです。NEWVEWの募集を知ってから作業開始までの1ヶ月ほどは頭の中でイメージを膨らませたり、アイデアのメモ書きをしたり、とコンセプトをより明瞭にする作業をしていました。

ワークショップを受けて、Unityを使わなければ自分の思う表現ができないことに気づいて慌ててダウンロードし、触り始めました。オブジェクトの配置と回転ができれば作品は完成するだろうと、非常に甘い見通しのもとUnityを触り始めた結果、試行錯誤と挫折および頓挫を繰り返して最低限の使い方を覚えるのに2週間ほどかかりました。

アニメーション作業画面

そこからオブジェクトの配置を行い、アニメーションを付けるのに1週間かかり、この時点で締め切りまで1週間ほどしかなかったので当初考えていた装飾的な作り込む方向性を諦め、プリミティブな感じを前面に出して仕上げてゆく方向に切り替えました。

ゾートロープのパラパラアニメ感を出すための調整に残り時間を使い、最終日になったので提出しました。

 

— キャラクターモデルを手配はどうされたのでしょうか?また、ゾートロープ的な表現はどうやって実現されたのか?

Mask du Video: キャラクターモデルはUnityのアセットストア経由で手配しました。それは締め切りまでの時間を考え、クオリティーを考えるとそれが最良の選択だったからです。

最初は導入の容易さから Google Polyに登録されているものから選ぶつもりでした。しかし、作品にしっくりくるモデルが見つからず、いくつかのモデル配布サービスを探し続けた結果、最終的にUnityのアセットストアに居たモデルを見て「これだな」と思い購入しました。権利関係の処理に手間がかからず安心して使えるのもUnityのアセットストアを選んだ理由として挙げることができます。

本作品で示したゾートロープは、紙束で作成するパラパラアニメーションと全く同じ原理で動いて見えます。東京であれば三鷹のジブリ美術館に展示されているゾートロープと同じ仕組みです。博物館や美術館の展示物であるゾートロープは錯覚現象を促すためにストロボが焚かれていますが、本作品ではそのような加工も行わず回転させるほかは何ら作り込みをしていません。動きを発生させる仕組みに関しては200年ほど前に発明された原理をそのまま使っています。

ゾートロープの制作作業はとてもシンプルです。

1.少しづつ動きのずれた3Dモデルを用意する。
2. 円周上に3Dモデルを均等に並べる。
3. 3Dモデルを一つのゲームオブジェクトにまとめる。
4. Animationにより回転をかける。

これでゾートロープ的な表現になります。最適な回転数はフレームレートによって異なりますので、この点は制作環境によると思います。

 

社会構造をVRで視覚化

— 一人称視点だと見えにくい3層構造(実は地面下にキャラクターが配置されている)になっているかと思いますが、なぜこのような設計にしたのか、その点についてもお教えください。

Mask du Video: アートが持つ良さの一つは、自由な解釈が許されていることではないでしょうか。私は、鑑賞者各個人が行う解釈の自由さを広める工夫をしたいと思って作品の制作をしました。

作品の解釈を行うには作品との対話の長さ、言い換えれば接する時間がある程度必要です。作品と接する時間を少しでも長く取ってもらうようにするには、鑑賞者が気になるような心理的なフックがある方が親切だと私は思います。「なんか、足元にあるけど、あれなんだろう」と、鑑賞時間を少しでも長く持ってもらうための心理的フックを仕掛けるには3層構造はちょうど良かったのです。

しかし、意味の無いフックをさも意味ありげに配置して「どう捉えるかは鑑賞者の解釈次第」とするのは観てくれた人に失礼ですので、もちろん私として配置されたものや構造全てに意味を与えています。

出品時の作品説明にも書いておりますが「MAILLOTS DE BAIN」はバックエンドとフロントエンドが一体となって社会を回している様子を表現したものです。多層化はテーマをデフォルメ化して表現するために採用したアイデアです。

縦に3層構造となっておりますのは、両者の間に一層挟むことによって距離感を表現しています。車の両輪のような関係でありながら、立場の違いによって空気感が異なり、心理的な距離が生じることってよくありますよね。例えば会社の技術職と営業職などです。その距離について明示的に作品に組み込んだ結果、3層構造になりました。

加えて、中間層は表舞台の舞台袖のような役割を与えました。ご覧になられた方はご存知かと思いますが、中間層には一部の建物や美少女たちが格納されます。これによって、作品全体に機械時計のような視覚的な面白さを与えることができました。そして、同時に伸縮するバックエンドとフロントエンドの距離感を表現することになりました。人間関係は常に一定ではない、それは集団単位であっても、というわけです。

3層構造

また、その3層構造の一番表層の部分に鑑賞者を設定し、世界が回る様子と私たちの見えている世の中の範囲も表現しました。かつて、情報技術が発達していない時代には表面的にしか見えていなかった世の中の動きが、インターネットの普及によって裏側、「バックエンド」も垣間見えるようになりました。作品の後半になって見えづらくも「バックエンド」の機構が垣間見えるようにして現代に生きる私たちの視点が及ぶ範囲を表しました。

創作テーマと鑑賞者に向けたフックがうまく組み合わさった結果、一人称視点では見えにくい3層構造が生み出されたと言えます。

と、一生懸命答えてみましたが、やっぱり私は自由に解釈してもらえるのが嬉しいです。好意的に受け入れていただければなお嬉しいです。観て好きか嫌いか、面白いか面白くないか、受け入れられるか受け入れられないか、など直感的に判断し、鑑賞した人それぞれの価値を作品に与えてもらえれば幸いです。

 

使った機材やツールに関しても伝えられる範囲で具体的にお教えください。

Mask du Video: Mac book pro (2016)と Unityです。もともとVR作品を制作するつもりで用意したPCではありませんでしたが、なんとかなりました。また、最初はキーボードの下にあるトラックパッドで作業していましたが、さすがに指がつりましたので、トラックボール式のマウスを買って作業を進めました。

あと、作品制作時はHMDを最後まで使いませんでした。制作しながらHMDで確認するよりも、実際がわからない状態であれこれ想像してアイデアを詰め込むことにより創作アイデアが出て楽しかったからです。見すぎて制作中、自分の作品に慣れてしまうのを避ける狙いもありました。

しかし、これは賭けの部分が大きく渋谷のギャラリーで自分の作品を見たときは、感動よりも安堵しました。全てが意図通りに出来上がっていて良かったです。次からはHMDを使い、確認を重ねて制作します。

 

VRでの表現を常に考えている

— ありがとうございます。本作品でも最もこだわったポイントと、苦労された点についても教えてください。

Mask du Video: 最もこだわったところはコンセプトのところで答えてしまいましたので、別のこだわりについてお話しさせていただいてよろしいでしょうか。

まずはこだわりについてですが、映画のエンドロールのようなものを作品に組み込むこと、つまり関係者の名前を作品に刻むことにこだわりました。

著作権情報はPoly経由でオブジェクトを利用した場合、STYLYにすぐ反映されます。本作品では手打ちで入力をしてありますが、作品自体に名前を入れておきたかったのです。その上で、私は今回の作品の責任者ではありますが、関わっていただいた人たちとは気持ちとして並列な関係でいたいとの思いもあります。

それで、関係者を並列に表現するエンドロールってVRならできるんじゃないかと考え作品に組み込むことにしたのです。映画などの平面的な表現だと表示順や並びでどうしても序列ができてしまいますが、VRは平面ではありません。円周上に並べ、任意の場所から一定時間見れば作品に関わる全ての人の名前が確認できる仕組みができるわけです。

本作品ではwebブラウザの2次元的な画面でしか確認できませんが、最下層のロボットに付随するように、本作品の関係者の名前や団体名を記載しています。

ガタガタにならぶモデル

また、特に苦労した点はモデルとなる女の子たちをいかに綺麗に並べるか、ということです。おそらく、技術的な知識がある人は中心から均等な距離と間隔になるように座標を打ち込めば簡単にモデルを綺麗に配置できるのでは?とお思いでしょう。しかし、私はUnityのScene画面(制作作業用の画面)をぐるぐる回しながら、目測でモデルを配置しました。これは実際にやってみると非常にキツイ作業です。

なぜ、そのように面倒なことをしたかといえば、座標で打ち込むとScene画面では綺麗に並ぶのに、Game画面(動作確認用画面)では別のガタガタな配置で表示され、回転する際にゾートロープが実現できない問題が生じたためです。オブジェクトの親子構造を見直したりプレハブの関係を解消したりと、いろいろやってみたのですがどうしてもうまくいかなかったので、最終的にGame画面で綺麗な並びに見えるように、Scene画面ではガタガタに並べるという、誰の役にも立たないテクニックで問題を解決しました。

 

— 最後に今後の展開をお教えください。

Mask du Video:今は仕事でVR的な教育コンテンツの試作を作成しています。

こちらでは、勉強が苦手な人のつまづきがどこで起きるのかを探し、そのつまづきを解決するため、VRを使ってどのような表現的な工夫が可能なのかを探っています。

作家としては次作品のアイデアを溜め込んでいます。

今回の制作で実感したことは、技術的なアイデアは面白いし、評価されやすいけれど、求められているのはそれだけではないということです。ベーシックな技術しか使われていなくても表現的なアイデアを重視して受け入れてくださる人は多く、その結果が今回のNEWVIEWの評価につながったと理解しています。そして、今回の評価のおかげで、私の長所の一つはシンプルで表現性を重視した作品作りであると確認できましたので、この方向でアイデアを出している最中です。(もちろん、日々更新される技術のキャッチアップもしていますが)

アイデアはいっぱいあって、手を動かして形にしたくて仕方ない状態です。しかし、今は我慢して紙ベースの練り込みを行なっています。練り込みが終わっていないアイデアで手を動かして形にすると、満足してそれ以上アイデアがふくらまなくなることが私には多いので、今は準備中です。とはいえ、次のNEWVIEWの締め切りが発表されれば、今日にでも制作に取りかかることができる程度には、アイデアの輪郭は立ち上がっています。

 

VRのアート領域はまだまだ黎明期。まだ表現方法に正解はないはずだ。

だからこそ、現段階で空間表現の在り方に対してあまり余計な情報を入れず、何事にもチャレンジしてみることこそが、次世代の表現につながっていくのではないか?

今の時期だからこその面白さ。ぜひ、アーティストの皆さんにはこの面白さを体験して欲しいと思う。