映画の演出を参照しながらVRの演出を考えてみよう

映画や写真とは違ったVRならではの面白さを持ったコンテンツを作りたいと考えたことはありますか?
他のメディアではみたことのないような演出をVRで作れたとしたら、それを見た人を驚かせ感動させられるコンテンツを作れるかもしれません。

この記事では、VRならではのコンテンツはどのようなものなのかについて、比較的馴染みの深い映像メディアである映画と、STYLYにアップされている中から3作品を取り上げ比較しながら、VRならではの表現について考えてみます。

この記事では、体系的に映画の技法や文法を扱うのではなく、VR作品と他のメディアとの違いについて考察します。モチーフの扱い方は複雑になるので今回の記事では触れません。カメラワークや編集を中心としたいくつかのポイントについて実際の作品に触れながら扱いVRの演出について考えてみたいと思います。

今回の記事で扱うVR作品

以下の3つの作品の演出について考えてみます。
これらの作品は全てVRの体験を想定して作られた作品です。
先に以下の作品を簡単にご覧になってから本記事を見ていただくと、どのような観点で技法が紹介されているのか考えられて面白いかもしれません。
また、記事内では作品のネタバレも含む内容があります。ネタバレを回避したい方は、作品解説の箇所の前にぜひVRで体験してみてください!

1.PIECE OF STRING

2.Displays XR

3.gaze on me

VRにおけるカメラによる語り方を考える

あたり前のように思えるかもしれませんが、映画や写真は基本的にカメラによって撮影されて作られています。
そのため、カメラで何をどう撮るかによって、映像に映されるものの語られ方が生まれてきます。
この章では映画でよく用いられるカメラの使い方の例に触れながら、VRでの演出を考えてみます。

アップ/ルーズ

アップとルーズ(ロング)は、比較的わかりやすい言葉なのでイメージできる方も多いと思います。
被写体に対して近づいて撮ることをクローズアップショット、遠ざかって撮ることをルーズショットと言います。

アップと一言で言っても顔だけを写す場合や、胸から上を写す場合、もっと細部のパーツのみを写す場合といった違いだったり、被写体を撮る角度などでもさらに細かい分類がありますが、今回は大まかに被写体とカメラの距離の違いについて考えます。

左がアップ/右がルーズのイメージ

左の画像ではアップで、ある人物が撮られています。
これにより、この人物がどのような性別・年齢か、どのような表情をしているか、どのようなものを見ているか、話をしている場合は話し方など、ある特定の被写体の性格を中心的に語ることができます。
また、それによりこの人物がこの映像において詳細を語るべき人であるということも示されているといえます。

それに対して右はルーズで撮られているもののイメージです。
ここはどんな場所なのか、どんな雰囲気のところなのか、その場所はどのような色合いで、そこを代表するようなものはなんなのといった、映像における舞台の年代や季節といった状況が語られます。
ゲームなどの場合では世界観や設定も語られることもあります。

パンショット

左の絵から右の絵にカメラが動いていくショットのイメージ

パンショットは、カメラを水平や垂直方向に直線的に移動する撮影技法のことです。
例えばある人間を映した後、その人間が語りかけた人の方向にゆっくりカメラを移動させたり、移動している被写体をドリー(レールやタイヤが付いた撮影台)で追いかけながら撮影する技法です。
これ以外にもカメラを動かして撮影する方法はありますが、このようにカメラを動かすことにより舞台の説明や状況の演出ができます。
例えば上の画像だと、道を歩く人と同じ方向にカメラを移動させながら街全体の雰囲気と、そこで歩く人々の様子を伝えることができます。
そしてそれ以降のシーンにつながるであろう赤い建物を示しつつ、街とその建物の関係性などを時間的な変化も含めながら伝えることもできます。
また風景の壮大さなどを語る時にも使える方法です。

PoV(Point of View)

左がPoVのショットのイメージ/右は外から見たイメージ

ポイントオブビューは、登場人物の目線を想定してカメラを使い映像を作る撮影技法です。

左の画像がPoVを用いて撮られた映像のイメージです。
前後のシーンで、この手を見ている登場人物が右の図などのような形で映し出された場合、この手を見ているのが、映像を見ている私でなく、登場人物の目線だったことがわかります。
人が対話する場面などで話者同士の顔を写す場面などでもよく使われます。
監視カメラの映像を写す場合などでも、この映像は監視カメラ目線のものであるといった説明なしに状況を鑑賞者に伝えられます。
この技法により、鑑賞者がその視点に入り込んで映像を体験する効果や、どのように被写体を写すかによってその被写体を見ている登場人物の心理描写をしたりすることができます。

VRの場合

VRの場合はこれら1.2.3の撮影技法のような演出をしたい場合、それぞれ違う考え方やカメラの使い方で演出をすることになります。
VRでは基本的に鑑賞者が見回して見たものが鑑賞者にとっての被写体になります。

左はカメラでシーンを撮った場合の被写体のイメージ/右はVRで鑑賞者が見る空間のイメージ

上の図の左のイメージのように、映画や写真などの映像ではカメラが特定の方向を写したものが映像になります。
それに対しVRでは右の図のように鑑賞者が立った場所から上下左右360度が被写体になります。
こうした特徴を持ったVRでそれぞれ上の技法を使おうとする場合、以下のようなVR空間のデザインが考えられます。

VRでアップで、特定のオブジェクトの特徴を説明するような体験場合には、ユーザーが自ら特定のオブジェクトに近づき丁寧に見る必要があります。
そのため、そのオブジェクトをユーザーが詳しく見たくなるような同線や、ギミック作りをすることでそうした演出をすることが可能になります。
また、詳しく見て欲しいものを強調するだけでなく、同一のオブジェクトを大きく配置することで説明することもできます。
ルーズの場合は、そのシーン全体を遠景から眺められる場所をスタート地点にすることなどが考えられます。

左はある物体をアップで見てほしいときの見せ方/右は街をルーズに見せるときの見せ方。

パンショットのように特定の場面の時間や関係性をVR空間内で示すには、例えばユーザー自身がドリーカメラのように、ある特定のオブジェクトを追いかけて進めるような視線誘導のギミックを作ったりすることが考えられます。
PoVのように他の登場人物の視点に立ってもらうには、カメラの切り替えそのものだけでく、鑑賞者に語りかける登場人物やUIで説明する方法や、鑑賞者の服装などを変えることなどが考えられるかもしれません。
人間と怪獣を切り替える場合など特徴的な視線を持つ登場人物の場合には、VRシーンの物体に対して視点の高さを変えたり、VRシーンの物体の規模を変えることでも、登場人物の視点になったつもりになってもらうこともできます。
またそれぞれVRシーン内に映像を入れて状況を説明することも可能ですが、VR空間内にレイヤーが増えて没入感が下がる感覚を鑑賞者に与えるかもしれません。

こうしたカメラワークの観点で「PIECE OF STRING」はVRならではの演出を達成しています。

この作品では精度の高いフォトグラメトリにより作られた、生活感のある部屋が目の前に広がります。
鑑賞者は部屋の中にある導線を追いかけて部屋を進むことができます。
部屋を進んでいくと、ユーザーに対して規模や方向性が変わる部屋が提示され続けます。

「湖に小石を投げてから1秒後、小石は消え、波紋だけが残ります。 同様に、家に住まう人々が姿を消した時、彼らの残響だけがそこにはあるのでしょうか?」

上の作品の説明のテキストにあるように、人がいない部屋をさまざまな角度、規模、方向性から眺め続けることによって、部屋とは何か、生活とか何か、空間とは何か、それらを観察することとは何かという観察が鑑賞者に与えられます。

鑑賞者自身の身体が変化するわけではなく、鑑賞者のVRゴーグルに表示される部屋が変化し続けるということが起きているのですが、その中で鑑賞者は部屋をアップに観たりルーズに観たり、部屋自体をパンでみたりといった、他の身体の視点で見ることが可能になるVRならではの作品です。

カメラの切り替えなど編集的な観点を考える

前の章ではカメラに被写体をどのように写すかについて考えてきました。
次に編集的な観点でVRでの演出を考察してみます。

映画にはコンティニュイティ編集という言葉があります。
コンティニュイティ編集とは、複数のショットを並べて一つの映像にする際に、時間や空間の統一性を作るための編集のことです。
映像のパーツとパーツをつなぎ合わせる際に被写体に対してカメラがランダムに動いたり、カメラに映るものが前後の因果関係が不明なまま変化してしまったりすると、鑑賞者が時間を認識することができなくなります。
そういったことを避けるため統一性を前提とした編集がされるのが映画の基本です。
このように映像作品では、編集という連続性の作り方の工夫によって、鑑賞者に登場人物の心理的な変化を伝えたり、状況を説明することなどによって演出することができます。
これは4コマ漫画などをイメージするとわかりやすいかもしれません。

しかし、2021年現在のVRは、一般的に複数のシーンを切り替える編集をするのが難しいという特徴があります。
1つの理由は、VRシーンは360度に表示され、空間性を伴って奥行きもあるため、ユーザーが一つのシーンを理解するには見回したり、歩き回るなど時間を必要とする場合が多いからです。
また、VRデバイスのハード的な都合上、複雑なシーンの読み込みには少し時間がかかるため、シーンを切り替えようとするればするほどハイパフォーマンスなデバイスでしか体験できないコンテンツになってしまうことも理由の一つです。

こうした状態から、現在のVRではあまりシーンを切り替えないようなコンテンツを成り立たせることが前提になりやすいです。
これは映画でいうと長回しというショットの作り方に近いものになります。
図で比較すると以下のようなイメージです。

左はショットを時系列に映す映像のイメージ/右はそれをVR空間に展開したイメージ。

左の図は、映画のイメージです。
例えば3つのショットで人間の時間的な変化を示すことは、映像の編集においては比較的簡単にできます。

VRの場合

上記のような映像のシーケンスの編集に対して、VRの場合は右の図のように、1つの空間で1つの連続的な流れを作る場合は、複数の被写体を一つのシーンに並べることができます。青色がユーザーでそれをVR空間で動き回りながら、時系列に鑑賞しているイメージです。今回は一つの空間に複数の状況を入れているのがわかりやすいように右の図のように配置しましたが、時系列的なオブジェクトを奥行き方向に縦に並べることや、L字の曲がり角を複数作りながら、今いる空間と前後の空間があまり連続しないような空間の作り方もできます。

こうしたVRならではの編集のような効果を作っている作品の一つが「Displays XR」です。

こちらの作品では、縦に連続した空間を鑑賞者が順番に体験できます。
それぞれの空間で空間の中にあるメディアやデバイスは起き変わったり、変形や変質したり、部屋自体がメディアとしての顔を覗かせたりしていきます。
そうした変化を、それぞれの部屋の最奥にある窓から次の部屋に移動する仕組みによって、スムーズに整列させています。
作品内にあるディスプレイなどのメディアだけでなく、VRが作る空間のメディア性や、それらを映す橋渡しもする窓(Windows)を直喩的にも表現しながら編集的な利用もしている作品になっています。

カメラそのものの特性を考える

ここまで、カメラによって被写体をどう写すか、そしてそうして撮影した映像をどのように編集するかを扱ってきました。
さらに発展してVRならではのカメラの特性について考えたいと思います。
あたりまえに思われるかもしれませんが、カメラやレンズ自体の特性や性能によって撮影できる映像が変わります。
望遠や広角、撮れる色合いや光の特性などです。
まず基本的な前提としてVRで用いるカメラも、現実のカメラを再現するように作られています。
例えばUnityではCineMacineという機能でカメラ機能を制御できます。
こうした機能を利用すれば、映画で撮影されるような映像は、質感やライティングの再現の難しさの問題を除けば理論上はほとんど再現できることになります。

VRの場合

その中でも、カメラの特性を考えるときに、特にVRならではの特性はカメラが物理的な物体ではないということがあげられます。
現実のカメラには、重さや厚み、硬さが存在します。そのため、持ち上げられる場所や、動かせる速度、入りこめる空間などが必要になり、少なからずどのような場所で映像を撮れるかというときの障壁になります。

VRの場合、カメラをどんな場所にでも配置できます。
例えば宇宙空間や水中、人の身体の中などでも、自由にカメラを設置することでVRならではの視点が作れるかもしれません。
また、そうした映像を撮影するための費用が大きく変わる可能性があるため、個人で作れる映像の制約も小さくなることが多いです。

こうしたVRの特性を生かした作品の一つが「gaze on me」です。

この作品では、初めに見つめ合う2人の人間を見た後、カメラはその人間の中に入っていきます。
そして人間の中で眼球や脳、神経を表す抽象的なオブジェクトを鑑賞することができます。
ここで、ある人間の頭部に入ることにより、最初のシーンはその人間の眼差し(PoV)だったことが明かされます。
現実のカメラでは、人間の眼球や脳内を行き来しながら眼差しの外側と内側を行き来することはできませんが、そうしたビジュアルをカメラが捉えることをこの作品では可能にしています。
交差する人間の眼差しと、それをみる鑑賞者の眼差しを同時に扱っている作品だとも言えます。

今回の記事では、映画などの他のメディアにおいて生まれている文法をVRではどのように扱うことができるかを考えてきました。
取り扱った作品以外でも、VRやARでどのように演出が行われているかを考える観点になれば幸いです。
また、映画や写真などVR以外のさまざまなメディアから着想を受けVRを作る際にも、どのように演出が可能かをぜひ考えてみてください。