目の快楽だけで描かれるVR世界にデュシャンは何を思う「Given: Marcel Duchamp」:みふく

便器から始まった現代美術の先は?

Webディレクター/デザイナーのみふくさんが手がけたVR作品「Given: Marcel Duchamp」は、NEWVIEW AWARD 2022のファイナリスト作品です。この作品では、現代美術の父と呼ばれるマルセル・デュシャンの死後に発表されたを作品を中心に、彼の作品をVRの視点で捉え直し、現代美術をさらに進めようと試みています。

現代美術は、19世紀末から20世紀頭にかけてのアヴァンギャルド(前衛)運動から始まったとされていますが、その始まりは明確に定義されていません。この時期には、多くの芸術家が芸術の伝統的な概念に挑戦し、革新的な作品を制作し始めました。

 

マルセル・デュシャンが1917年に制作した《泉》は、既製品の男性用小便器にデュシャンが偽名でサインを書いたものです。彼はこの作品を展覧会に出品しようとしましたが、誰でも出品できる展覧会だったにも関わらず、作品の展示は許可されませんでした。

便器のような既成品を芸術作品として提示する手法「レディメイド」では、芸術家が作品の制作過程に直接関与しないことが特徴です。当時の美術における伝統的な価値観や美的観念に挑戦したこの作品は、芸術作品が何であるかを問いかけることで、現代美術の始まりを象徴する作品とされています。

そのデュシャンが死の直前まで制作し、死後に公開されたことから「遺作」と呼ばれている作品《1. 落ちる水 2. 照明用ガラス、が与えられたとせよ(英題:Given: 1. The Waterfall, 2. The Illuminating Gas)》、は、《泉》以降、長期にわたって作り続けた構想が具現化されたものです。重厚な木製の扉に空いた2つの穴を覗くこの作品は、穴を通して裸で横たわる女性をはじめ、照明ランプを握る手や自然のジオラマなどの象徴的なモチーフを鑑賞することができます。

 

亡くなる寸前まで新しい表現を模索し続けたデュシャン。彼はしばしば、主に絵画作品を批判するときに「網膜的だ」という言葉を使っていました。これは、「目の快楽だけで描かれている」美術、つまり目から入る刺激を楽しむだけの絵画(とデュシャンが思う)作品に対する批判です。

線の精密さや色彩感覚、リアリスティックに描くスキルなど、伝統的な芸術作品の価値に対してデュシャンは常に反対する姿勢を取っていました。網膜、つまり物理的な刺激ではなく精神を刺激し、思考を生み出すアートを常に求め続けていたのです。

VR作品は、視界を完全に支配する事で他の知覚にも影響を与え身体性まで再現するという点で、究極の“網膜的”表現であると考える。

網膜的絵画を否定する事で始まった現代美術の文脈と、どのように接続できるだろうか。

NEWVIEW公式ウェブサイトより引用

みふくさんの手がけるこちらのVR作品では、「遺作」からインスピレーションを得てマルセル・デュシャンの世界に独自に迫る事を試みています。

シュルレアリスティックな世界

目の前に現れる作品タイトルは、よく見ると一つ一つ穴が空いているのがわかります。その一部が目の前に迫ってきます。

穴を覗くと、マルセル・デュシャン本人が階段から降りてきて、穴越しにこちらの様子を覗いています。デュシャンの絵画作品《階段を降りる裸体No.2(英題:Nude Descending a Staircase, No.2 )》が引用されています。

穴の先に見えるチェスボードの床や自然のジオラマなどは先の「遺作」のタイトル《1. 落ちる水 2. 照明用ガラス、が与えられたとせよ(英題:Given: 1. The Waterfall, 2. The Illuminating Gas)》から引用されています。

メインのモチーフである裸の女性と照明ランプは、マルセル・デュシャン本人に入れ替わっています。

メインの階段を登り景色を見下ろすと、最初に覗いていた穴が大きな便器の一部であることに気付くでしょう。便器の穴の向こう側から、デュシャンが顔を覗かせています。代表作《泉》が、彼の他の作品と融合しながら引用されているのです。

デュシャンはデュシャンと出会う

作者のみふくさんは「VRの世界を究極の“網膜的”表現である」と考えています。

私たちが外界を知覚するとき、外界の刺激が網膜に到達し、それが脳内で処理されて私たちが感じる現実を作り出します。つまり、私たちの知覚する現実は、私たちの網膜に入ってくる情報に基づいて作られているということです。

デュシャンは絵画表現において、その網膜的な刺激を批判的な立場で引用していましたが、VRにおいては、その網膜的な刺激に基づいて世界が知覚され、そこはじめてその仮想的な空間を認識することができます。

しかし、この空間は現実とは異なるものであり、私たちはそれを現実と同様に体験することはできません。このような仮想的な空間に没入することによって、私たちは網膜的表現の範疇を超えた新しい体験をすることができます。つまり、視覚から始まる世界の認識がその他の知覚にも影響を与え、身体性までもが再現されるような体験となるのです。

 

デュシャンを代表する現代美術では、従来の美術とは異なる表現方法を用いて芸術の概念そのものや、現代社会、現代人の問題を表現してきました。VRの世界は現代美術と同様に、私たちの日常的な体験とは異なる新しい表現方法を提供するものです。

この作品は、現代美術の象徴ともいえるマルセル・デュシャンをVRの世界で捉え直すことによって、その融合の先に新たな表現の可能性を私たちに示してくれるでしょう。

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Edited by SASAnishiki