この記事では、NEWVIEW AWARD 2021のファイナリストでMedia Ambition Tokyo Prizeを受賞された台湾の国立陽明交通大学・応用アート研究所チームのVR作品「Grandpa’s new old times: reminiscent of the past with haptics and VR」を紹介いたします。作品の鑑賞方法については、記事の最後に記載しております。
アーティスト紹介
台湾の国立陽明交通大学の応用アート研究所にある研究チームのメンバー、Mingcheng Wu, Yipin Huang, Wei-Chen Yen, Chun-Cheng Hsu。
彼らは研究所で「VRとハプティクスの対話」を研究しています。近年は、プロトタイピングにより仮想空間へのハプティクスの没入感の関連性理解のためハプティクスキットの設計に焦点を当てているそうです。
(NEWVIEW公式ウェブサイトより)
ハプティクスとは
ハプティクスとは、利用者に力、振動、動きなどを与えることで皮膚感覚フィードバックを得るテクノロジーである。
~(中略)~
ハプティクスを使って微妙に制御された触覚を伴う仮想オブジェクトを作ることができ、それによって人間の触覚がどのように働くのかという研究を可能にした。そういったオブジェクトで、それまで困難だった人間の触覚機能を体系的に精査できるようになった。そうした研究ツールは、触覚とその背後にある脳機能がどのように働くのかを理解することに貢献している。
(ウィキペディア「ハプティクス」より引用)
簡単に言い換えると、ハプティクスとはゲームのアクションの動きに合わせてコントローラーが振動したり、iPhoneのホームボタンのように触れるとボタンを押した感覚になるような、実際のモノに触れているような感覚を体験者の身体にフィードバックする技術です。
今回紹介する作品には、このハプティクス技術が使用されています。
それでは、どのように使われているのか見ていきましょう。
バーチャルでニワトリに餌やり
この研究チームは、ハプティクス技術を使って古い時代をVRで体験してもらう作品を制作しています。
VR空間に入ると、大きな木が茂る庭にたくさんのニワトリたちがいるのが見えます。その近くにはニワトリの餌が用意されています。体験者は、コントローラーの代わりにチームが開発したスコップを持ちます。このスコップを使い、バーチャル空間でニワトリたちに餌を撒くことができます。コントローラーにはハプティクス技術が使用されているので、餌をスコップですくう動作や、餌をばらまく動作に反応してコントローラーが振動し、体験者により深い没入感を与えます。
この深い没入感こそ、チームが作品のテーマとして扱っているものです。この体験は、認知症の高齢者に古い時代を思い出してもらうために開発されました。
新しい古き時代への没入感
チームのコメントより:
「祖父」の新しい古き時代:ハプティクスとVRを使った過去の追憶は、ラボのグループ作品の成果です。新技術が高齢者を古き良き時代にどうやって連れて行けるかを調査しています。(ジェロントロジーの一部として)バーチャルリアリティは、娯楽以外にも、意味のある郷愁に満ちた光景を設計して、認知症治療に積極的に役立てられます。私たちは、VR体験中の没入感を増すためOculusコントローラのアドオンになるハプティクスキットを設計しました。将来、高齢者が設計したシステムを使ってゲームの流れの中に入り込み、楽しめることを望んでいます。光景はUnityで開発し、MAX/MSPを使用してUnityとハプティクスキットの位置と状態の信号を接続し、ハードウェア振動で触覚の幻想をもたらしました。モジュールが結合している形状、重量、方法は、ユーザーには外見とマッチする触覚体験を与えるよう、慎重に設計されました。
(NEWVIEW公式ウェブサイトより引用)
ジェントロジーとは、加齢や老いについての学問です。その研究領域は高齢者の健康面や心理面だけでなく、社会との繋がり方やその課題にまで及びます。
その一部として作られた、新しい古き時代。それは、娯楽という領域を超えて、記憶を呼び起こすための重要な役割を担っています。新しい技術がもたらす新たな昔の原風景。触覚に没入感を与えるハプティクス技術だけでなく、ビジュアル面においても、ニワトリ、庭、餌などの印象的でシンプルな対象物を配置することで、より記憶を呼び起こしやすい鍵となります。
VRから見るアートと医療
認知症の治療として一般に行われている「回想法」。これは、昔の懐かしい写真や音楽、馴染み深いモノなどを見たり、触れることで昔の経験や思い出を呼び起こし、それについて人と語り合う療法です。
VRを用いてより没入感の高い治療法を試みる動きは近年多く見られます。例えば、英国の企業Vitue Health社では、この治療法をもとに認知症の人を支援するデジタル治療プラットフォームを展開しています。
今回紹介している作品もこの回想法に沿った構成となっています。海底の奥底に眠ってしまった記憶を思い出し、心を動かすことは、気持ちに豊かさをもたらすでしょう。それは、アート鑑賞の時に起こる心の動きと似ているのではないでしょうか。誰かの作品を見て、心が楽しくなったり、悲しくなったり、不思議な気持ちになったり、さらにもっと複雑な感情まで引き起こされるのは、普段の生活から得る刺激と全く異なるものです。
アートによる心の動きを医療治療に応用させる知識や技術は、アートセラピーという領域で深く研究されています。
「健康とは、心身ともに病気ではない、虚弱ではないというだけでなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが快適で幸せな状態(well-being)である」
(公益社団法人・日本WHO協会ウェブサイトより)
アートセラピーの一環として、アメリカの終末医療機関HOSPICE SAVANNAHでは緩和ケアのためにVRアートプロジェクトが行われました。これは、病気の痛みや苦しみという現実を一瞬でも忘れさせる治療の一環として、非現実的なバーチャル旅行を体験するものです。
さまざまな方法でアートが治療に応用される中で、VR特有の没入感は、その治療法に革新的な可能性をもたらすでしょう。
娯楽を超えた体験
「新技術が高齢者を古き良き時代にどうやって連れていけるか」という試みは、アートの領域のみで完結することの難しい課題です。今回の作品から分かるように、アート、医療、ジェントロジー、ハプティクス技術など、さまざまな学問領域を縦横無尽に横断しながら開発されています。
このような領域横断型の制作は、近年どんどん増えています。技術が目まぐるしく発展していく中で、一部の知識だけでは到底追いつかない技術も、他分野との交流により新たなものを生み出していくことができます。
そういった中で今回の作品のような取り組みは、娯楽を超えて医療的な発展の可能性を持ち合わせた素晴らしい体験を私たちに与えてくれるでしょう。
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