立体的な記憶の間取り「my room / my sound」：IEEIR

2023年03月14日

1 思い出の部屋はバラバラに蘇る
2 記憶を立体的に体験する
3 「個人的で曖昧な記憶」の可能性
4 VRシーン体験方法

思い出の部屋はバラバラに蘇る

アーティストコレクティブIEERによるVR作品「my room / my sound」は、2022年のNEWVIEW AWARD 2022でGRAND Prizeを受賞されました。この作品は、ある時期に作者が実際に住んでいた都内のアパートを再現し、その中に断片的な音を配置することで、作者の記憶を立体的に体験できるようにしています。また、その断片的な音を再構築し、1つの楽曲を作り出すことで音と空間の相互作用が生み出されます。

『客観的で正確な記録』が力を持つ現代において『個人的で曖昧な記憶』にはどのような可能性があるでしょうか？本作はその問いを探求するための拠り所となるものです。

NEWVIEW公式ウェブサイトより

空間と音楽の相互作用によって個人的な記憶が再現され、聴衆は作者の体験に近いものを感じることができます。このような実験的なアプローチを通じて、個人的な記憶と現実の関係性について考えるきっかけとなるでしょう。

記憶を立体的に体験する

目の前に現れるのは奥の方まで続く長い通路。その通路の両脇にポツポツと部屋の断片が配置されています。

ここは “風呂場”だった場所。そう始まる文章には、その場所の音の様子と作者の記憶が記述されています。部屋の断片に近づくにつれ、様々な音を受け取ることができます。水の流れる音、雑踏、人の喋り声、女性のアナウンス。立つ場所によって、サウンドスケープのように様々な音のコンビネーションを楽しむことができます。

“キッチン”、“洗面所”、“トイレ”、“クローゼット”、“リビング”、それぞれの場所に紐づく思い出。綺麗に切り取られ、整然と並んでいる部屋の断片から溢れてくるサウンドは、記憶どうしの干渉や虚無を想起させます。

通路の突き当たりに浮いているのは白くて四角いオブジェクト。掴んで円の上に置くと、その四角いオブジェクトは回転を始めました。そこから新たな音楽トラックが流れてきます。

四角いオブジェクトをよく覗いてみると、今まで断片的に体験していたこの部屋の間取りだったことに気づきます。バラバラに配置されていた部屋は、典型的な一人暮らしの間取りに姿を変え、別の視点からその空間を捉えることができるでしょう。そこから流れる音楽にもさまざまな音の記憶が混ざっており、聴く人を作者の記憶の中へと誘います。

個人的な記憶は形を変えながら、人々の心の奥に残されていきます。

「個人的で曖昧な記憶」の可能性

「個人的で曖昧な記憶」にはどのような可能性があるでしょうか。NEWVIEW AWARD 2022では審査員よりこのような講評がありました。

(…)”思い出の部屋”というものの時間的階層を奥へスクロールするアクションから、(…)時間を遡る感覚を視覚的にも感じることができる体験だった。もしかしたら、奥スクロールの記憶の視覚化は近い将来の思い出のアルバム化の一つの手法になっていくのではないか、という未来スタンダード表現の可能性に繋がる（かもと思わせる）作品です。

小林大介プロデューサー/ 株式会社パルコエンタテインメント事業部部長

NEWVIEW公式ウェブサイトより

かつてアルバムをめくりながら振り返っていた思い出は、今後は空間を行き来しながら体験するようになっていくかもしれません。つまり、奥スクロールの記憶の視覚化が将来的には思い出のアルバム化の一つの手法になるかもしれないということであり、この作品が提示する手法が将来的には一般的になって、私たちが自分たちの個人的で曖昧な記憶そのものをアルバム化し、容易にアクセスできる可能性があるということです。しかし、記憶がそこら中に溢れるようになったらどうなるでしょうか。この作品は、私たちが日々経験する過去の思い出や記憶についての価値観を再考するきっかけにもなるでしょう。