リアルの残響が静かに続く部屋「Piece of String」:Wyatt Roy

この記事では、NEWVIEW AWARD 2019のファイナリストでSILVER賞とMEDIA AMBITION TOKYO PRIZEを受賞されたWyatt RoyさんのVR作品「Piece of String」をご紹介します。作品の鑑賞方法については、記事の最後に記載しております。

フォトグラメトリでキャプチャーされた部屋

「Piece of String」はクリエイティブ・ディレクターのWyatt Royさんによるフォトグラメトリを使用したVR作品です。フォトグラメトリとは、物や空間などの被写体をさまざまなアングルで撮影して生成される3Dモデルで、写真がそのまま立体になる技術のこと。この作品では、実際に作者が生活している部屋がそのままVRの世界で再現されています。

日本の住空間とはまた違った、欧米独特の雰囲気をもつ部屋。呼び鈴を鳴らすこともなく勝手にお邪魔したその家には、誰もいません。もぬけのからになった部屋で、私たち訪問者は何を見るのでしょうか。

本人のコメントより:

”湖に小石を投げてから1秒後、小石は消え、波紋だけが残ります。 同様に、家に住まう人々が姿を消した時、彼らの残響だけがそこにはあるのでしょうか?” Follow a piece of string through this real home, and explore the emotions and memories that people leave behind in the spaces they inhabit.

NEWVIEW公式ウェブサイトより)

床に落ちたコードを辿ると

生活感あふれる部屋に響き渡る小鳥のさえずり。ここはきっと自然に近い場所なのでしょう。さっきまで作業していたように思える机の上には、やけのコードの長いマウスが置かれています。そのコードはパソコンに接続されていると思いきや、どうやら床の方まで垂れ下がっているようです。このコードの先には一体何があるのでしょうか。
それを辿っていくことが、この作品の醍醐味となります。
 

 

ダイニングからキッチンへと続くコード。この家の間取りを縁取るように部

屋の隅々まで張り巡らされており、居間を通って廊下へと続きます。

 

コードの行き着いた先は、たくさんの写真が飾られている壁。よくよく見ると、壁は四角く切り取られ、その先には別の空間が見えます。

 

壁を越えた先にあるのは、上下が逆さまになった部屋。先ほどまで居た部屋と全く同じなのに、上下が入れ替わるだけで全く違った空間に見えてしまいます。天井を歩きながら、さらにコードを辿っていきましょう。

 

上下が逆さになった部屋を超えて行き着いた先は、全てが元通りに戻った空間。
さらにコードを辿ると、ある部屋の机の上にたどり着きます。そこに置かれているのは、今まさにいる空間が縮小され、レプリカのように小さくなった部屋。コードは、その小さくなった部屋へと続いていきます。

小さくなった空間でコードを辿ると、また同じ部屋に辿り着きます。そこにある机の上には、同じく小さな部屋が置かれています。こうして最後は、ミクロの部屋からミクロの部屋へと空間が続いていきます。

アーティスト紹介

Wyatt Roy
クリエイティブ・ディレクター |United States Wyatt

Wyattは、没入型ストーリーを作成および共有するための新しい方法を研究する作家、写真家、映画製作者、仮想現実アーティストです。彼のVRの物語は、ニュアンスのある人間のキャラクター、私たちが住んでいる空間、そして記憶に埋め込まれた感情を捉えて伝えることに焦点を当てています。彼は映画と写真のクリエイティブ集団であるMakuの共同設立者であり、スタンフォード大学で心理学の学士号を取得しています。

NEWVIEW公式ウェブサイトより)

空間と記憶、現実と虚構

実際の生活空間を写真で捉え3Dモデルにすることにより保存される、現実の一瞬。その一瞬は、VRという虚構の空間に収められ、色褪せることも老朽化することもありません。

作業途中のパソコン、下着がかぶさった冷蔵庫、ペタペタ貼られたポストイットに、壁一面の思い出の写真たち。そこに残る微かな人の気配は、この空間があたかも現実であるかのように錯覚させます。しかしそれを裏切るかのように、天地が逆さまになって部屋自体がどんどん小さくなっていき、変化を繰り返していきながら続く空間。それは、人間の記憶のようではないでしょうか。

古代ギリシアの記憶術の一つである「記憶の宮殿(memory palace)」。心の中で架空の部屋を思い浮かべ、記憶したいものをその架空の部屋に配置していく記憶法のことです。例えば「ポメラニアン」を記憶するときに、部屋のペルシャ絨毯に置かれたクッションの上に横たわるポメラニアンをイメージすることで、部屋のイメージや配置から記憶を引き出すことが可能になります。これは人間の特性である場所や空間の記憶力を利用しており、そういった記憶の方が脳から引き出しやすいと言われています。

こうした視点から見ると、空間と記憶は密接に関係しており、空間とは記憶そのものと言えるかもしれません。しかし、人間の記憶というのは曖昧で、はっきりと覚えているつもりでも、そこには主観が混じり、時間が経つにつれて客観的な事実と大きくかけ離れてしまうことも、しばしばあります。この作品は、コードを辿りながら形態が変わっていく部屋を歩き回る体験を通して、鑑賞者の空間に対する第一印象をひっくり返し、その部屋に対する印象そのものの記憶を繰り返し変化させていきます。そういった記憶の曖昧さや新たな視点、あべこべな感覚を味わうことがこの作品の楽しみ方の一つであるでしょう。

NEWVIEW AWARD 2019の審査員を務められた建築家の豊田 啓介さんは、この作品について以下のようにコメントしています。

ごくありふれた部屋が、コードを辿るという何気ない行為の結果、空間的な位置関係やスケール、部屋という環境の存在そのもの、ひいては自己の存在そのものまでをもあらためて問い直すような領域に独特の私的で詩的な空間でいつのまにか導いていくという点で、アーティスティックな可能性として特に優れていると感じました。現実感が虚構性を演出し、虚構性が現実の意味を再構成して問い直す、そうした意味の抽出と編集という行為に、VRというメディアは向いているのだなと改めて感じさせてくれた作品です。

NEWVIEW公式ウェブサイトより)

形を変えながら繰り返され、続いていく空間。そこにあふれ出る詩的な余韻は、オブジェクトとして形態を持たない「何か」までも包容しているのではないでしょうか。この仮想空間で知覚できるその何かは、身体の持つ五感を超えた感覚なのかもしれません。虚構の空間で引き出される、新たな想起をぜひ体験してみてください。

 

 

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Edited by SASAnishiki