バーチャル空間をつくる 第1回「ペラペラのバーチャル造建築」

本記事では「バーチャル空間をつくる」と題して、バーチャル世界における空間づくりとは?というテーマを、毎回1つの着目点を定め、読者の方と一緒に実験を通じて紐解いていきたいと思っています。

ぜひ皆さんもSTYLYを使って実際に手を動かしながら、新しい世界の空間づくりに挑戦していっていただければと思います。

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Extended Space Experiment
“Surface”

サンプル

本記事向けに制作した空間のサンプルをSTYLY GALLERYから体験できます。

https://gallery.styly.cc/sabakichi/6e6493fb-723a-11e9-b34d-4783bb2170d0

VR機器を持っている方はSTYLY VR版から、そうでない方でもデスクトップから閲覧できますので、是非ご覧になってください。本文と一緒に読んで体験して頂くと、より楽しい発見があるかもしれません。

記事で紹介しているUnityプロジェクトのダウンロードはSTYLY-Unity-Examplesからできます。
「ExtendedSpaceExperiment_Surface」フォルダが今回使用するものです。

第1回 ペラペラのバーチャル造建築

こんにちは、はじめましての方ははじめまして、拡張体験デザイナーsabakichiです。

普段は現実の空間デザインなどのお仕事をしつつ、日夜バーチャル世界にて「バーチャルな空間体験づくり」にいそしむ生活を送っております。(拡張体験のデザインとは、英語にすると「Extended Experience Design」という、私が勝手に提唱している「バーチャル時代における新しい体験をいかにしてデザイン・設計していくか」を考えていくための新しい考え方です。)

今回「バーチャル空間をつくる」と題して、バーチャル世界における空間づくりとは?ということを、読者の方と一緒に、実験を通じて紐解いていきたいと考えています。毎回小さな着目点を定め、そこからバーチャル空間が持つ特有の性質や、独特の豊かさ、新しい可能性について発見をしていければと思います。

初回として、まず建築と空間、それらとバーチャル世界との関係性について簡単に触れていきます。その後、実際に手を動かして、どのようなことが出来るのかを見ていきたいと思います。

バーチャル空間って何だろう

それでは、まず手始めに「そもそもバーチャル空間って何?」というところから簡単に触れていきましょう。

バーチャル空間とは、「3Dモデル」とそれらを「描画する技術」によって表現される情報空間です。

基本的にはそれらを体験するためのVR機器(OculusやHTC VIVEなどのVR機器)を介してアクセスする、現実とは異なった場所にある「空想上の世界」のことを指します。その世界で様々な体験をするための容れ物、もしくは受け皿としての役割を果たすのが、「バーチャル空間」というわけです。

少々抽象的で掴みどころのない概念ではありますが、SF映画などで仮想世界を描いた作品はたくさんありますから、一度は類する表現を目にしたことがあるかもしれません。例えば映画「マトリックス」では、人々の肉体は現実では寝ているけれど、心はコンピュータが作り出した「実質的に現実と感じられる世界」で、現実と同じように暮らしているという未来が描かれています。ここで描写される「コンピュータが計算によって作り出した世界」こそが、バーチャルリアリティ技術によって作られるバーチャル世界であり、そこには当然ながら世界を形づくる空間がありますから、その空間のことを「バーチャル空間」と呼ぶわけです。

少々長くなりましたが、このように極めて抽象的で、かつSF作品に登場していたような夢物語の世界が、いま現実のものとなりつつあります。

そして、「バーチャル空間って何?」という疑問に対する明確な答えはまだありません。というのも、人々がバーチャル空間というものに触れ始めたのがごくごく最近のことでしかないためです。定義のようなものは答えられても、それがどのように作られると豊かな体験が得られるのかについては、わかっていないのです。まだ誰も知らない答えを自分自身で探求していけるのも、いまバーチャル空間をつくることの面白さだと言えます。

実は身近な「空間」と「建築」

さて、実際の「空間」について考え始める前に、触れておかなければならない概念があります、それは「建築」です。ファッションについて話をするときに、実際の衣服のことに触れずにはいられないように、「空間」にもそれを形づくる「建築」必ず存在しているのです。

建築という言葉を聞くと、なにやら物々しい巨大な教会や公共建築のようなものを想像するかもしれませんが、実際には今私たちが住んで暮らしている場所は、すべて建築によって作られた空間であることは考えてみれば当たり前のことです。どんな人工的空間も、基本的には建築物あってのものです。建築家や設計者の持つ職能があまりに特殊なものであるため、建築という文化そのものが疎遠なものに感じられているかもしれませんが、それは誤りです。
壁があり、屋根があって、安心できる快適な空間がある、それだけでそれらは建築であり、建築が作り出す多様な空間の中で私たちは生きています。空間や建築といった概念は、本来極めて身近なものであるはずなのです。

衣食住のうち、服は毎日着替えますし、食べ物は毎日違うメニューを味わいますが、住空間についてはそのようなサイクルでは捉えることができません。それは建築物自体が作るのに大変なコストの掛かるものであったり、沢山の時間が掛かるといった特徴によるものです。しかし空間に限っていえば、もっと身近に考えられるかもしれません。室内のインテリアをどう変えて豊かに暮らそうか考えたり、新しい引越し先について想いを巡らせるとき、空間という考え方は極めて身近で重要なものであるということに気がつかされます。

もっと過激なことを言えば、人は空間がないと生きていけません

今座っているのは机の前でしょうか?部屋のソファでしょうか?そうした「居場所」としての心理的な意味を空間に与えることで、私たちは暮らすことができています。ひとくちに空間といっても、そこには様々な意味が含まれているのです。そうした意味において、心理的な居場所、も空間と言えるかもしれません。とすると、その空間を形づくるものは一体何になるのでしょうか?時々のシチュエーション?それとも人でしょうか?

このようにして考えていくと、空間という考え方が、建築から生まれているにも関わらず、様々な要素によって形づくられていく考え方であることがわかります。昔から「すべては建築である」などと評されますが、こうした空間を形づくる行為こそ建築であり、つまりArchitecture(アーキテクチャ、構造などの意)を設計するということにつながっていきます。つまり、どのようにして機能するかという構造(Architecture)を考えるとき、空間はあらゆるものから生まれる可能性があるということです。

たとえば「居場所」が、TwitterやInstagramなどのSNSであっても良いはずです。いつもの居場所を画面越しに眺めてホッとするとき、あなたの意識はどこにあるでしょうか?SNSのサーバ?スマホの中?そこには実際には視認できないにせよ、構造としての空間が存在している可能性があるわけです。そうした目に見えない情報空間を可視化することが、VRには可能かもしれません。

リアル?バーチャル?

さて、小難しい話が続きましたが、実際にバーチャル空間のあり方について考えていきましょう。

前半では、空間という考え方がさまざまな要素によって成立し得る、ということをお話してきました。心理的な空間について触れましたが、そうした物理的実体を持たない空間は情報世界などには存在はしていたけれども、従来のスマホなどのデバイスでは残念ながら画面越しにしか知覚することができなかった、これがバーチャル世界を実現する技術によって可能になるかもしれないという話でした。

そこまで抽象的でなくとも、単純にSNSサービスごとに3次元の空間が用意されていたり、コミュニケーションを自由に取れる空間があったら楽しいかもしれません。実はそうしたサービスは既に多数存在していて、ソーシャルVRサービスなどと呼ばれ多くの人々に親しまれています。

さて、ここまで読んでいただいた方であれば、空間という考え方は、現実のものであっても、「そうでなくても」どちらでも、そこに意味を見出すことさえできれば同様の価値を持つであろうということは理解していただけるかと思います。

よく「リアルとバーチャル」と横に並べて比較されるところを目にしますが、これはナンセンスです。インターネットやゲーム世界などと、現実とを並べて比較できるでしょうか?要するにどちらでも良いわけです(それこそMRのように中間ということもあり得ます)。むしろ人によってはバーチャル空間の方により高い価値を見出したりといったこともあり得るかもしれません。

そうした中で、バーチャル空間をどう作るか、といった方法論のようなものがいずれ必要になってきます。長々と書いてきましたが、肝心なのは、これから現れてくるバーチャル空間という新しい住空間がどうあって欲しいのか、について考え始めることです。

「バーチャル造」建築

それでは、実際にバーチャル空間を制作する際に、必要な要素について考えていきましょう。

現状、STYLYをはじめとするVRプラットフォームでは、バーチャル世界を構築するための仕組みとして主にゲームエンジンが用いられています(STYLYではWeb上からも制作することができます)。ゲームエンジンは、3Dモデルと各種環境を再現する要素とを組み合わせて、世界と空間とを表現します。

現実の物理的な空間を作るには、それを形づくる建築が必要です。これは空間という概念自体が「ない」ということを示すものであることに起因します。
コップを例にして考えてみるとわかりやすいのですが、コップの目的は「液体をこぼれないよう保持すること」です。「液体を保持するという機能」を実現するために、ガラスなどの物質の形を工夫して「液体が存在するための何もない場所」を作っているわけです。要するに「ない」という状態を作ることによって、「何かできる可能性」を作っているわけです。

そのため、単純には、「空間」が存在するためには、コップに相当する「建築」が必要となります(もちろんそうでない空間もあるかもしれません)。

物理空間においては、木造RC鉄骨造組積造(レンガ積み)などなど、様々な様式があります。なぜこのような多様な様式が存在しているのか、については話が長くなるためここでは避けますが、多くは地勢的な影響と物理的環境によるものです。バーチャル世界ではそれらの要因をすべて取捨選択することができるため、ここから学びつつ、新しい純粋な「バーチャル造建築」をつくることも可能です。

次は、バーチャル世界におけるコップが具体的にどのようなものを取りうるかについて、考えていきたいと思います。

構造とサーフェス / 物性からの開放

それでは、バーチャルでの空間づくりと、現実で行う場合とでは、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。ここでは便宜上、既存の建築様式との比較を行い、発想の下地の構築を試みていきましょう。(ここではわかりやすいよう、私たちの肉体が生きている物理空間を「現実」と呼称しています。)

現実の建築は、単純化するとシェルターに行き着くとされています。シェルターとは、シンプルな単一の内部空間とそれ以外とを隔てる境界によって構成された、内部と外部を隔てる建築的機能を最も単純化したものです。

 

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シェルターの概念図

洞窟や屋根囲いだけで作られる住居などを想像するとわかりやすいです。

こどもが「かまくら」をサッと作って簡易的なシェルターとするのも、その純粋さを表しています。外敵の危険から逃れ、険しい外部環境から守られる機能が必要とされる現実の空間においては、このモデルは必要十分です。

それでは、バーチャルではどうでしょうか?

まず、外敵がいるかどうか。ソーシャルなバーチャルプラットフォームにおいては、これは必要かもしれません。いたずらなどをされる心配もあります。しかしながら、物理的な損害を負う可能性は現実と比べると低いです。そのため、現実世界ほど優先度は高くないかもしれません。むしろ「視覚的に見えない」など、現実とは異なった優先されるべき要件がいくつかあるかもしれませんね。

そして、険しい外部環境から守られる必要があるかどうか?ですが、これは物理法則すら自由に設定できるバーチャル世界においては完全に不要であると言えます。もちろん意図的に厳しい気象などを「設定」することで、自ら必要性を作り出すことも可能ですが、基本的には必要のないものと言い切って良いものと思われます。

となると、シェルターよりもシンプルな構成であっても最低限の用は満たせそうです。

 

次に、内部と外部とを隔てる境界について考えます。

これは現実では壁や屋根などでつくることが一般的です。物体を変形・加工することで、様々な外部環境からの影響を遮断しています。そのため、どうしても物体としてのボリューム(厚みなどの容積)が必要となってきます。

 

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理想的な境界と現実の厚み

 

現実でも外と中とを隔てる境界は理想的には無くしたい=ペラペラにしたいところですが、あらゆる物理法則を抑え込まなければならないため、まだ実現には至っていません。しかし、バーチャル世界ではそれが可能です。遮断すべき外部環境が存在しないため、「理想的な壁」をつくることが容易に実現できるわけです。

これはバーチャル空間が「サーフェス」によって構築されていることと密接な関係があります。3Dモデルは基本的には「厚み」を持ちません。面(ポリゴン)で囲われた部分は見えないため不要であることから、物体の厚みは「囲って閉じる」ことで表現します(厳密には工業用モデルは質量を持つことができるものもありますが割愛します)。

つまり、現実の再現をするために、厚みを擬似的に表現している3Dモデルは、本来はペラペラな存在であるということです。シェルターを構成する境界は、理想的には厚みがゼロのものですから、わざわざ厚みを持たせる必要はないのでは?ということに気がつきます。

そこで、「ペラペラなサーフェスだけ」で空間を構成するとどうなるのか?ということを試してみましょう。

実際につくってみた

サーフェス(ポリゴン)だけで空間をつくる、というのはどういうことか考えてみましょう。

まず真っ先に思い浮かぶのは、ドーム状の理想的なシェルター、そして理想的な箱によって作られる空間です。

 

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シンプルなドーム状のバーチャル建築


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同じくシンプルな箱型バーチャル建築

これらはシンプルに現実の理想像を実現していますが、バーチャルでは完全に遮断されている必要がないことは前述した通りです。そこで、サーフェスの使い方をすこし変えることを考えてみましょう。

 

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スリット的にサーフェスを用いる

サーフェスは文字通り面ですから、遮断する力が強いものです。そのため、その機能を弱めるため、角度をつけてスリットとして用いています。

現実ではルーバーなどと呼ばれている光のコントロール装置がこれに相当しますが、この場合そのまま空間を形づくる要素に置き換わっており、ユニークです。

別のパターンも見てみることにします。
一枚ごとの遮断する力を弱めるため、サーフェスの光の透過率を変更します。現実では極めて難しいコントロールですが、バーチャルではスライダー1つで可能です。

 

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半透明にしたサーフェスで隔壁の機能をコントロール

境界である壁に、「濃淡」という属性が新たに発現しました。
これはなかなか「バーチャルらしい」表現かもしれません。
視覚的に見えるかどうかが重要視されるソーシャルVRなどにおいては有効な一要素として用いることができそうです。

最後に、コンピュータによって生成される構成というものもご紹介します。
ランダムに配置されたポリゴンが濃淡を生成することで、空間がゆるやかに生成されます。

 

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ランダムなサーフェスによって出来上がる空間

ここでは、内部と外部との境界が僅かながら曖昧になっています。

さらに、サーフェスの持つ「境界としての機能」が、弱まっているのがわかるかと思います。小さく細分化されることで、従来にはなかった分散型の境界を形成しているわけです。

簡単なサンプルですが、バーチャルでしかできない特殊な空間表現の世界が、ほんの少し垣間見えたような気がしませんか?

バーチャルで現実を超える

サンプルで示したように、バーチャル世界においては、現実には実現が難しい、もしくは不可能な空間を容易につくることができます。

人にとっての空間であることには変わりがありませんから、今まで見たこともないような、より豊かなで居心地の良い空間を模索することも可能かもしれません。もちろん、この知見を現実側にフィードバックして活かすことも十分に考えられると思います。

ゲームエンジンや3Dモデリングソフト、プラットフォームごとの制作の仕方を覚える必要はありますが、むしろたったそれだけで新しい人類未踏の領域へと踏み込むことが出来るのはとても刺激的です。

皆さんも、ぜひ気軽に「バーチャル空間」を作ってみてはいかがでしょうか?

次回は「みえる/みえない 可視不可視の関係性」を扱う予定です。お楽しみに。