さて「迷わないVR空間の作り方」も第3回目になり、いよいよ今回はユーザーを大きく動かす空間である「順路型」の作り方です。この構成がもたらすユーザー体験は「見る」こと以上に、「歩かせる」ことです。
過去2回の記事はこちらからご覧ください。
▼第1回
▼第2回
「順路型」の利点
空間によって起承転結の流れを作れる
「順路型」では空間によって起承転結を作れます。ユーザー自身が動き、周りを観まわす自発性を与えられるため、たとえば物語性のある空間や展示を作りたいクリエイターに向いています。
音楽と共に演出されるパーティクルライブ、3Dアニメーションの演出などは、時間経過によってコンテンツの始まりと終わりを決め、起承転結の流れを作りますが、頭を動かしての視点移動以外は、ほぼ受動的な体験です。
対して順路型では、ユーザー自らで動き、コンテンツの始まりと終わりを能動的に体験させられる利点があります。
ファッションやアートにおいて、比較的低コストで起伏のある見せ方ができる
STYLYで、ファッションショーやアートの展示のような空間を考えている際、現実におけるショーを模した、ライブ~アニメ―ション型の時間経過による、ユーザーの受動的な演出をすることも可能です。
しかし「順路型」では比較的低コストで、ステージ演出やインスタレーションベースの空間表現によって、メインのファッションをストーリー仕立てで見せることも可能です。イメージとしては現実のファッションショーはモデルが歩いてくるのを眺める形ですが、こちらは自分から動いて見ていく形です。
「順路型」の作り方
前回「展示型」でのおさらい―スタート地点の情緒量を整理する
まず前回の「展示型」で重要視していたのは、スタート地点の情報量です。特に「順路型」は最初からユーザーを歩かせる体験が主軸のため、ユーザーを誘導していく仕掛けが必要です。
今回はSTYLY Photogrammetry Awardsにて、ファイナリストまで残った自分のVRである『n個数のリンゴ』を例に、ユーザーを先に進ませ、見回す体験である「順路型」の例を上げさせていただきます。
スタート時点で注意することは、以下2つです。
- 「ユーザーの後ろと左右に空間を作らないこと」
- 「視界左右の情報量を減らすことで、前方に注目させ、移動を促すこと」
ゴーグルを被った最初に、ユーザーに何を見ていってほしいか、そしてどこへ動いていってほしいかをはっきりと提示しましょう。
極端に方向転換させて移動させないようにする
ここからは上空図を見ながら解説していきましょう。
VRで広大な空間を見て回る場合、「コンテンツをどこまで見たかわからなくなる」ことで、迷ってしまうことがあります。見る視点を変え、90度以上、左右へと大きく方向転換して移動を繰り返すたびに、単純な構造でも迷いが生まれることもあります。
方位に関しては、頭を動かして、周りを見渡すまでは良いのですが、空間移動で起承転結を作りたい「順路型」では、何か意味がない限り、基本的にほぼ前方を進むことでコンテンツの終わりまでたどり着けることが推奨されます。
『n個数のリンゴ』の上空図を見ていただければわかるとおり、スタートから前方に進むことが変わらないように作っています。左へ少し首を振ってポイントを指定するくらいで最後まで行けるようにしています。
空間の広さを取り過ぎないようにする
VR空間ではユーザーの自由移動を促すように、仮想世界の広さを感じさせる空間を作りたくなるかもしれません。ですが空間を広く作ると、それだけユーザーを迷わせる可能性も増えてしまいます。
しかしまったくの一本道で終わってしまえば、味気ない体験になってしまうでしょう。ユーザーにコンテンツを最後まで観てもらうことを考えながら、自由行動させる空間デザインを作るにはジレンマがあります。
どこまでをユーザーの裁量にまかせるか?の解決方法として、少なくとも『n個数のリンゴ』では「歩く行動」はほぼ一本道で、空間も進行方向もかなり制御しますが、「見る行動」にはいくつかの選択肢を提示し、自由に見てもらうバランスでデザインしています。
『n個数のリンゴ』では、まずリンゴを追いかけていれば迷わないことをベースに、ユーザーの自由行動は「見る」ことに委ね、ふと周りを見渡した時に、この空間の世界観に繋がる、複数の情報を探し出せるようにすることで、「迷わせず進ませながら、自発的に動く」体験になったのではないか……と思います。
メインで観てもらいたいアセットを軸に、視線を誘導する
ユーザーを迷わせずに誘導するために、シンプルにテキストなどで「→順路」みたいに配置して、次に進む先を説明すればいいんですが、何らかのアセットを軸にする方法もあります
「テキストと、主に見せたいアセット」のふたつを軸に、中盤(上空図の②)ではガラッとムードを変えつつ、ユーザーが自由行動できる選択肢として、壁の隙間から見える奥の風景にテキストを配置したり、リンゴを配置する流れから上や、下へ視点を持っていく行動を促す配置も入れてみました。
またメインのアセットは、周りとは違う色調にすることも効果は大きいでしょう。リンゴは背景の色調とは違った、ビビッドな色使いのシェーダーを加えたり、息づくようなアニメーションを入れたりして、極端に目立たせています。コントラストを作ることで体験にメリハリを作れます。
歩き回る体験にリズムを作る
時間経過によって起承転結を見通す体験といえば、音楽やダンスパフォーマンス、映像作品が思い当たりますよね。それらを最後まで見通すのに、助けになる仕掛けはなんでしょうか?
リズムだと思います。
同じく、「コンテンツの初めと終わりが決まっており、その流れに起承転結を作れる」順路型でも「ユーザーを誘導し、体験にリズムを作る」ことも、とても重要です。迷わせないようにしつつ、見て回る体験を充実させる仕掛けですね。
『n個数のリンゴ』ではタイトル通り、まずリンゴに注目してもらえるよう空間に配置しています。冒頭にテキストを配置し、ユーザーにリンゴを目で追いかけていってもらいながら、奇妙なテキストも追いかけられるようにしています。「メインで見てもらいたいアセットとテキストを交互に見ていく」体験で前へ進ませるようにしました。
リズムに関しては、作りたい空間の大きさに合わせてバランスを取ることも必要でしょう。『n個数のリンゴ』は短い尺なので、観てもらいたいアセットもリンゴひとつに決めており、およそ一歩進むごとにリンゴがひとつ見当たるよう、詰めぎみに配置しています。
しかし、空間がもっと長く、広いものならば、配置するアセットの規模や、配置の感覚も変わってくるでしょう。僕自身の暫定的なイメージですが、空間と見せたいアセットの比率を7:3くらいにすると、空間も詰まりすぎず、ユーザーも自由さを感じつつ見ていきやすくなるのではないか、と考えています。
「見る」ことと「歩く」ことを意識し、リズミカルで、スムーズに最後まで観通せる体験になっているか、何度もテストして、確認してみてください。「順路型」では歩く空間と、観てもらいたいアセットそれぞれの情報量を制御することで、クリエイターが提供したい体験を生み出すことができるでしょう。
次回は「展示型」と「順路型」を併せ持った構成についてご説明します。またよろしくお願いいたします。